国会論戦:玉木代表vs.茂木外相 ~ WTO英文読解の戦い

田村 和広

第200回臨時国会が10月4日から始まったが、10日午後の国民民主党玉木雄一郎代表の質疑は見応えのある論戦だった。その質問はいずれも重要な論点ばかりだが、今回は「日米貿易協定とWTO違反」についての質疑を取り上げる。その他の議題については国民民主党のウェブサイトや映像資料を参照頂きたい。

国民民主党サイトより:編集部

なお、筆者には政治家の知り合いは誰もおらず、特定の党や人物との利害関係は全くない。

日米貿易協定はWTO違反か

この議題における玉木代表vs.茂木外務大臣の議論の応酬は、玉木代表の「1本勝ち」であった。実に見応えがあり、リーガル物の映画やドラマよりも面白かった。焦点は「交渉結果を記録した英語付属文書の解釈」であり、以下のような主張の対立であった。

交渉当事者の茂木外務大臣は「自動車関連の関税撤廃も読み込める」とした一方、玉木代表は「“交渉を継続する”としか読めず、自動車関連の関税撤廃は含まれていないので、それも含めて関税撤廃率を算定した説明は虚偽であり国民を欺く説明だ」と主張した。具体的な論戦は以下の通り。

(下記テキストは録画したNHK国会中継を筆者が文字起こしした。できる限り忠実に再現したが、冗長な話は論旨の保全に気を付けながら要約した。精密な記録は映像か後日の国会議事録をご参照頂きたい。また、焦点は太字とした。)

玉木代表

(フリップに示した英文:“We didn’t ,for example, include auto tariffs or auto-part tariffs. ”を説明しながら)

自動車関税は、この(9月25日に合意した)協定に含まれていない。総理がおっしゃるように追加関税の回避って、本当にできていますか?

茂木外相

(日米貿易協定の文書には)“Custom duties on automobile and auto-part will be subject to further negotiations with respect to the eliminationof custom duties.”とあり、“with respect to”ですから、「更なる協議」は「単なる継続協議」ではなくて、「関税撤廃がなされることを前提に」しており、「具体的な関税撤廃について交渉を行う」ということになります。

(つまり追加関税の回避は出来ているという主張)

玉木代表

今おっしゃった(茂木外相の英文の読み方)のは若干誤解があって、約束されているのは「更なる交渉(=further negotiations)」であって、「関税撤廃(=the elimination of custom duties)」が約束されているわけではありません!

そこを根拠に関税撤廃を言うのであれば、それは間違っています!…(これらの品目を算入して)関税撤廃率を計算して発表するのは、「国民を欺く」行為です。

この英文解釈は、単純に英文だけを読む限り、玉木代表の説の方が正しいだろう。“with respect to~”は、「~に関して」というあっさりした解釈が妥当である。正式な訳ではないが、和訳は「自動車と自動車部品に関する関税は、関税撤廃に関する更なる交渉の対象となるだろう。」(筆者訳)といったあたりが妥当であろう。

つまり、「関税撤廃を前提にしていない」し「具体的な関税撤廃」という言及もしていない。「欺く」はいささか厳しい評価だが、確かに誤訳のレベルには感じる。

従って、確かに玉木代表が主張する通り「自動車関税撤廃も合算した高い関税撤廃率を国民に報告すること」は間違いの可能性が高いだろう。この部分は、玉木代表の「技あり」と判断した。ただし、文書に反映されていない「密約」が存在する可能性は排除できない。

玉木代表がWTO違反に拘る理由

玉木代表

(今回の日米貿易交渉は)超えてはいけない一線を越えているから問題にしている。端的に言って今回の合意内容は「WTO協定違反」です。

なぜ私がこういうことを言っているかというと、総理は「我が国はこれからも自由貿易の旗手として、自由で公正な経済圏を世界に広げて参ります。」というのに、抜け道を作るようでは、これから中国とかインドとか、或いは南米とか、どんどん自由貿易を広げて行くときに他国から「日本はアメリカに対してWTO違反、或いは脱法行為をしてまで妥協する国だ」と見られたら、厳しく高い自由化率を求めることができなくなるじゃないですか。

つまり、今回のことは、こういうことをやっていると、将来の日本の交渉力を著しく減ずることになるという実害が生じるのですよ!…(WTOのルールは)日本が守らなくてどこが守るのですか!

つまり玉木代表の主張は、「自由貿易の旗手として率先してルールを守り、世界の発展に貢献する日本」をめざして行こうという趣旨であろう。モリカケ騒動と比べれば雲泥の差であり、我が国の国会論戦としては、なかなか格調高くて清々しい。こちらも「技あり」と見た。(安倍総理は「直球の」正論に困っている様子だったが。)

さきの「技あり」と合わせて「一本勝ち」と認定したい。(ただの印象論であり筆者の独断に過ぎない。)

安倍政権と玉木代表の親和性が妙に高い

ところで、憲法改正に関して、安倍政権側と玉木代表の間で、お互いに意味深長な笑いを伴う交流がたびたび起きたのも見逃せない。

玉木代表

安倍総理は、やる気をこれから何に振り向けるのか?

安倍総理

ひたすら毎日努力を積み重ね、玉木議員の厳しい質問にも耐えているところでございます。

(安倍総理独特の微毒か遊び)

玉木代表

余り憲法改正についての言及はなかったのですが、総理のやる気が段々なくなっているのでしょうか?党内も大変なのだと思いますけど、二階幹事長とか大丈夫なのでしょうか?

(以上笑いながら)

安倍総理

……

(笑いを堪え切れず、思わず顔を手で隠していた)

他にも、玉木代表が政権に向けた“ダブルスタンダード”という言葉を、麻生副総理に暖かく「叱られ」たりと、どうみても「友軍」なのである。これらにはどんな意味があるのだろうか。

今回の論戦の良かった点

詳述できなかったが、玉木代表の質疑には、それぞれ前向きな提案がセットでなされていた。また人格攻撃がなく、聞く価値のある議論が展開された。そして、今後の交渉にあたり、注意すべき懸念点を指摘していることは特に良い点であった。あくまで内容について攻防し、国益の観点から今後の交渉において注意すべき点を指摘するなど、与野党の壁を超えて価値を創造する質疑であった。

まとめ

ポツダム宣言の際も大問題となったが、またしても“be subject to”に関係する和訳解釈の問題である。日本としては国際交渉において、これら複数の意味を持つ言葉の精密な訳に気を付けるべきである。一方で、国会のような重要な場において「大臣らが国益をかけて英語に関する攻防を行う」という現象は、日本の学生が英語を磨く励みにもなり、有益な副産物であった。

それにしても、国家同士の「知的総力戦」を繰り広げている現代において、与野党を問わず有能な政治家の能力を活用する仕組みはできないものだろうか。ロビー活動や英語でのプレゼンテーションに関して、隣国に比べ日本は人材が不足していて苦戦が続いている。玉木代表は英語や英語による交渉についての識見が豊富と見受けられ、そうであれば国際社会への情報発信や交渉など、国民としてはやって頂きたい仕事が沢山あるのだが、なんとかならないものだろうか。

とにかくこのような前向きな論戦は大歓迎である。今国会はもしかすると憲法改正につながる有意義な論戦が期待できるかもしれない。

田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。