「八ッ場ダム」「ノーベル賞」が示唆する投資の重要性

太田 房江

猛威を振るった台風19号。9月に襲来した15号のつめ跡が残る千葉県の直撃こそ回避できたものの、長野県の千曲川、東京都の多摩川などが氾濫し、全国で70名を超える方がお亡くなりになられました(16日時点)。亡くなられた皆様に哀悼の意を表するとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

連休明け、自民党本部で災害対策本部が開かれ、政府に対して、まずは人命第一で救助活動を優先すること、被害状況の把握、被災者の生活再建、産業の復興に速やかに取り組むことなどを求めることで一致しました。

八ッ場ダム再評価の動き

さて、今回の台風をきっかけに、ダムや堤防などインフラの重要性を再評価する声が高まりつつあります。特に、八ッ場ダムが象徴的。来年春からの開業を前に、10月1日に試験湛水が始まったばかりのこの時に本領発揮となりました。台風で一気に満水近くまで水をため、下流域の治水に効果があったとして、再評価の声が高まっています。

また、16日の予算委員会でも、赤羽国土交通大臣から、八ッ場ダムについて、「利根川上流の6つのダムの合計治水容量は約1億1,000万㎥であるが、八ッ場ダム1つで、その6割に相当する6,500万㎥の治水容量を有する」旨のご発言もありました。

試験湛水中の八ッ場ダム(10月13日朝、国交省サイトより)

総事業費は、昭和61年(1986年)の基本計画決定時が約2110億円。発電機能を追加するなど、5回の基本計画変更を経たことで約5320億円にまで膨らんでしまい、これまでご批判も多くありました。

あくまで歴史的な事実の振り返りとして申し上げると、八ッ場ダム建設中止を公約にした民主党政権が誕生したのがちょうど10年前。当初は公約通りに動くものの、地元自治体の中止反対、事業の再検証などと紆余曲折があった末、野田内閣の時に建設を再開。最初の計画発表から70年近くを経て、2020年に完成予定というところまでこぎつけたのです。

もちろん、今回の台風時の治水で八ッ場ダムの試験湛水がどこまで機能したのか、さらに専門的な検証は欠かせません。ただ、重要なのは、近年の大規模災害をきっかけに、多くの国民にとって日常生活では目に見えづらいインフラの存在がクローズアップされ、冷静にその機能を考える機運が生まれようとしていることです。

私も苦渋した“公共事業バッシング”

振り返れば、2000年代は公共事業バッシングの時代でした。私が大阪府知事を務めていた十数年前もそうした空気が根強く、関西空港に2本目の滑走路を作る二期工事にも「無駄だ」「不要だ」という大逆風が吹き荒れました。

関空の上空撮影図。左が第2滑走路(Wikipediaより:編集部)

しかし、関空のような西日本の大動脈インフラで、滑走路が1本しかないのは、24時間化しないという意味で非常に危ういことです。何より、発着便数を増やしてヒト、モノ、情報がより多く出入りするようにしなければ、関西一円の経済活動を発展させられない。ただ、その一心で政治生命をかけて、当時の扇千景国交大臣にお願いし、2007年7月、なんとか二期工事は完成できましたが、それでも当初は不評が続きました。

その後、インバウンド(訪日外国人)の増加を支える拠点となったほか、その効果が防災面で「見える化」されたのが、昨年9月の台風の時でした。1本の滑走路が冠水しても、2本目が生きていたことで早期復旧に大きくつながりました。私が知事を辞めてから10年以上経って、災害対応を含め真の評価がなされたと感慨深く思っています。

前回書きました電力自由化のリスクもまさに同じことで、インフラ投資が目減りすれば、電力の安定供給に支障をきたしかねません。そして、今回、ダムやスーパー堤防などの役割が見直されようとしていることは、防災・減災、国土強靱化を進める上で、大変大事な視点だと考えます。

吉野さんのノーベル化学賞受賞が示唆すること

ムダを削る、コスパが大事……経済の右肩上がりが望めなくなった社会では、確かに効率的な発想が現実問題として重視されることになります。しかし、平成の後半、そうした風潮が行き過ぎ、未来を見据えた投資まで削ってしまったのではないでしょうか。特に大阪ではこの10年、「身を切る」ことが最優先され、もてはやされてきたのが懸念されます。

そうしたなかで折しも、大阪市出身の吉野彰さん(旭化成名誉フェロー)が、リチウムイオン電池開発の功績で、今年のノーベル化学賞を受賞されました(おめでとうございます!)。これまでの化学賞の受賞者は大学の研究者が大半でしたが、吉野さんが企業の研究者だったことで、日本企業のR&D(研究開発)に注目が集まりつつあります。

文科省サイトより(編集部引用)

日本企業全体の内部留保は2018年で463兆円と、7年連続で最高額を更新し続けてきました。一方で、総務省の科学技術研究調査によれば、企業の研究費は13兆7989億円(2017年度)。リーマンショック後の2009年度に12兆円を割り込み、ようやく2008年度(13兆6345億円)の水準に押し戻せたところです。

デフレの長期化の中では仕方なかったとはいえ、この10年、中国のめざましい成長を考えても、失ったものは時間だけではない気がしています。基礎研究、応用研究などのあらゆる段階で、税制をはじめとして研究開発のあり方を抜本的に見直すべきではないでしょうか。

政治、経済から日常生活に至るまで、「身を切る」ことが美徳とされ、『改革=削減』としてきた時期から、ここへ来て、令和の新しい時代、潮目の変化を感じているところです。


太田 房江(おおた ふさえ)参議院議員(自由民主党、大阪府選挙区)
1975年通産省(現・経済産業省)入省。2000年大阪府知事選で初当選し、日本初の女性知事に。2008年に知事退任後、民間企業勤務を経て、2013年参院選で初当選(現在2期目)。厚生労働政務官などを歴任。公式サイトツイッター「@fusaeoota」LINE@