五輪マラソン、東京の明け方と札幌の昼間の暑さ指数に差はない?

高橋 克己

IOCによる突然のマラソン・競歩の開催地変更命令で、日本は目下、五輪組織委員会や東京都に限らず上を下への大騒ぎだ。9月末に行われたドーハ陸上選手権のマラソンと競歩で完走率が6~7割だったことから、IOCがJOCや組織委員会や東京都の意向もあまり聞かずに決めてほとんど一方的に命じてきたのではないか。

31日のIOC調整委員会(NHKニュースより:編集部)

コーツIOC調整委員長の小池知事への説明内容が、25日のNHKニュース(北海道ローカル)に載っている。記事によればコーツ氏は、完走率が低かった理由として熱中症予防のWBGT(暑さ指数)を示し、「ドーハの女子マラソンの指数は29.5度、東京の指数は一昨年と去年が27度から31度、今年は28度から32度でドーハと似ている」とする一方、「札幌はここ3年の指数が東京に比べて3度から4度低い」とした。

筆者もWBGT(暑さ指数)って何?の状態なので環境省のサイトに当たってみた。WBGTとはWet-Bulb Globe Temperature(湿球黒球温度)のことで「度(℃)」で表される。そして運動時の目安は以下のようだ。

環境省サイトより:編集部

WBGTが25度でも「注意や警戒」を要するし、28度を超えれば「激しい運動は中止」だ。これではそもそも8月の東京でオリ・パラを開催すること自体が殺人行為ではないのか。とはいえ、ドーハでも3~4割は棄権して一部は救護施設に担ぎ込まれたものの、幸い死者は出なかった。

9月開催のマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で疾走する男子のランナー(日本陸連YouTubeより:編集部)

そこで、気になるWBGTの算出方法、すなわち温度や湿度との関係も調べてみた。結果は次のようで存外簡単、文科系の筆者でも理解できる。測定装置はこのようだ。

環境省サイトより:編集部

次に計算式だが、屋外用と屋内用の二通りがある。

A)屋外での算出式

WBGT(度)= 0.7×湿球温度+0.2 ×黒球温度+0.1 ×乾球温度                         

B)屋内での算出式

WBGT(度)= 0.7 ×湿球温度+0.3 ×黒球温度

温度計の球部をガーゼで湿らせて測る湿球温度とそのまま測る乾球温度ならたいがい誰でも知っている。が、黒球温度とはナニモノか? サイトの説明にはこうある。

黒球温度(GT:Globe Temperature)は、黒色に塗装された薄い銅板の球(中は空洞、直径約15cm)の中心に温度計を入れて観測します。黒球の表面はほとんど反射しない塗料が塗られています。この黒球温度は、直射日光にさらされた状態での球の中の平衡温度を観測しており、弱風時に日なたにおける体感温度と良い相関があります。

なるほど「直射日光にさらされた状態での(黒色)球の中の平衡温度」のことか。パチンコに夢中のバカ親に炎天下の車中に放って置かれた幼児が亡くなる事故が後を絶たないが、その車の中の温度を想像すれば良い。JAFのサイトには「真夏の車内温度テスト」なる格好のデータがあった。

同テストは、2012年8月22~23日(晴、気温35度)の埼玉県戸田市の駐車場で、午後12時から4時間、条件の異なるミニバンを5台用意し、炎天下における車内温度を測定している。結果、黒塗りの車体では、車内の平均温度:51度、最高温度:57度、ダッシュボード最高温度:79だった。

同じ条件ならWBGT測定装置の黒球温度も70度を優に超えると予想される。上記の計算式に戻るが、屋外の場合に乾球温度を外しているのは、日差しがない屋外のそれが黒球温度と同じ値になるからだろう。割合の係数は湿球温度が7割で他は3割、屋外の場合、黒球と乾球の割合は各々2割と1割だ。

この計算式を使って東京と札幌の8月の気象データからWBGTを計算してみた。唯一、実データのないのは7割を占める湿球温度だが、ネットで調べると文科系手出し無用の計算式が出ていた。仕方なく1)「株式会社チノー」のサイトの「湿球温度換算表」から推定した。

1)乾球温度と湿度と湿球温度の関係

乾球温度  湿度   湿球温度

25度    80% → 22.4度

30度    80% → 27.1度

25度    70% → 21.0度

30度    70% → 25.5度

2)「さっぽろお天気ネット」8月の東京と札幌の気温・湿度

3)東京と札幌の時間帯ごとの気温

Weather Sparkのデータによれば、8月の東京の時間帯ごとの気温は午前4時から7時にかけて最も低く、24度以上だが30度を超えることはない。他方、8月の札幌の12時から16時の気温もほぼ東京の明け方と同じ24度以上で29度未満の範囲になっている。

上記1)~3)から、東京と札幌の黒球温度を70度と60度、乾球温度を最低温度、湿球温度はそのマイナス4度と置いて、東京と札幌の昼間と明け方のWBGTを試算した。ただし、2)のデータが1981年から2010年と少し古く、現在の東京の温度はおそらく何度か高い。(係数以外の単位は度)

限られた要素を用いた極めて腰だめな試算だが、札幌の昼間と東京の明け方なら、WBGTは東京の明け方の方が大分低い。これは黒球温度の要素がかなり効くからだ。他にも東京では暑さ対策として、照り返しの少ない道路に舗装し直したり、沿道にミスト散布装置を付けたりと工夫している。

コーツ氏は「札幌はここ3年の指数が東京に比べて3度から4度低い」と述べたらしいが、時間帯をどこに置いてのWBGTなのだろうか札幌でやっても昼間は30度を超える可能性がある。日差しや照り返しの少ない明け方薄暗いうちに始めるなら、東京でもWBGT30度以上にはまずなるまい

筆者が台湾に駐在中いく度も回った高雄GCでは、メンバーの台湾人の皆さんは日の出前の薄暗いうちに出て、スルーで回って10時過ぎには上がって来た。日が高くなって回っているのはビジターばかり。昼間は1年中ほぼ30度を超える高雄だが、早朝のゴルフで暑いと感じたことはあまりない。

本来は開催時期を10月にずらせれば一番良い。が、米国の放映権云々で叶うまい。であるなら、せめて場所は東京から動かさずに、スタート時間を夜明け前4時(予定は6時?)にすれば良いではないか。これなら勤め人も出社前に結果を見届けられ上手く収まる。それでこそ東京オリ・パラだ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。