14日と15日に開かれる二つの米韓会議に米国防総省のエスパー長官とシュライバー次官補が出席する(参照:聯合ニュース)。こうした米国の相次ぐ圧力に関し鄭国家安保室長は10日、日韓GSOMIAは「韓日両国が解決すべき問題で、韓米同盟とは全く関係ない」と強調したが(参照:共同通信)、却って米国への意識の強さを浮き彫りにする。
文大統領も与野党代表を招いた10日の会食で、「日本の経済侵奪とGSOMIA問題は超党派的に協力する必要がある」と経済法案に国会が迅速に動くことを呼び掛け、12日には日本の輸出管理強化を契機に国産化を推進する方策の一つ「公共調達相生協力支援制度」に関連する法案が提案された。
一方、11日に韓国リアルメーターが発表した文大統領支持率は44.5%となり、不支持率52.2%との差が拡大、また政党支持率では与党「共に民主党」が37.8%で、33.6%の保守系野党「自由韓国党」に肉薄されている。デモ参加者も、実は保守派の人数が数倍多いことが露見した(参照:産経新聞)。
どこの国でも国民最大の関心事は国の経済と国民の生活だ。青瓦台が焦るのも道理だが、貿易管理厳格化を「経済侵奪」などと言い募る辺り、文大統領が経済失政の責任を日本や米国に転嫁する目論見であることを物語る。鄭安保室長発言もそれをアシストして米国にも矛先を向けたのだ。
ということで、本稿ではこのところの韓国経済の減速振りを見てみたい。テキストは住友商事グローバルリサーチの9月20日のレポート。最新ではないがその後も好材料はないので問題なかろう。
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・GDP成長率
19年2Qは前年同期比+2.0%でここ1年の平均成長率は+2.2%にとどまり、13年以降の平均成長率+3.0%を下回っている。悪化要因は主に輸出と民間設備投資の不振。
・輸出の減速(以下、▲は減少の意)
ドル建輸出額は前年同月比で6月▲13.8%、7月▲11.0%、8月▲13.8%と3ヵ月連続で2桁の減少。特に中国向け(18年の構成比約27%)は18年末から2桁減の傾向が続き、5月、6月、8月は20%以上の大幅な減少*。
*筆者注:中国向けの不振は朴政権が決めたTHAAD配備に伴う中国の韓国イジメの影響も大きい。文政権は17年10月末、中国向けに「3NO原則」=1. THAADを追加配備しない 2.米国のミサイル防衛網に加わらない 3.日米と軍事同盟を構築しない、を出したがこの有様。配備済6基の運用に必要な工事も環境アセスメントを理由に停滞し、むしろ米国の不興をも買っている。
・設備投資の減速
民間設備投資が減速している。競争力の維持には新鋭設備の投資が欠かせないが、同時に旧式設備を処分しないと過剰設備を抱えて稼働率が低下する。在庫増加も重石になっていて、在庫解消が進まなければ増産に舵を切りにくく、稼働率も上がらず効率的な企業経営ができない。
・個人消費の重石
輸出や民間設備投資の減速は個人消費にも悪影響。小売売上高は18年に前年同月比4~8%程度だったが19年は2%前後に減速。背景は消費者マインドの悪化。理由は賃金に比した所得の伸び悩みと失業率の上昇。韓国には賃上げ波及が遅れがちな自営業主・家族従業者が多いことも一因。18年の就業者に占めるそれらの割合は25.1%と日本の10.3%に比べ高い。最低賃金の引き上げも、労働コスト増となって雇用環境に悪影響。
構造的に韓国は債務が家計に偏在。18年4Qの韓国の債務残高GDP比238.2%のうち家計97.7%、企業101.7%、一般政府38.9%で家計債務が最大。日本(同375.3%)は一般政府214.6%、企業102.6%、家計58.1%。中国(同254.0%)は企業151.6%、家計52.6%、一般政府49.8%。韓国は家計、日本は一般政府、中国は企業にと各々債務残高(リスク)を背負うセクターが異なる。韓国の家計が債務リスクを負う構造での雇用環境悪化は個人消費に悪影響を及ぼし易い。
・国内外の資金フローからみた脆弱性
韓国の経常収支は黒字だが大半を貿易収支の黒字に依存。第一次所得収支は11年から黒字に転じているものの18年は28億ドルと貿易黒字約1,119億ドルの2.5%に過ぎない。つまり、投資ではなく貿易で外貨を稼ぐ国なので、輸出が減速することは外貨を稼ぐ上での脆弱性になる。(*日本の第一次時所得収支依存体質は拙稿参照)
貯蓄投資バランスで国内外の資金のフローを確認すると、企業の貯蓄が証券投資として海外に向かっている可能性が窺える。一方、政府もアジア通貨危機の教訓もあって財政赤字を拡大させるような積極財政にはなっていない。こうした中でいかに国内に投資し、成長させていくのかが課題として残っていてこれが韓国経済の脆弱性につながっている。
・先行きへの懸念
日韓貿易の現状はまま政治的にみられるが、対日輸出入は前年割れも輸出入総額も前年比減少になので、対日貿易が大幅に減速している訳ではない。むしろ貿易相手国として中国やベトナムの存在感の高まりが大きい。韓国企業によるベトナム進出加速でベトナムの対米輸出が拡大し、米国が注目するようになった。この傾向が続けば米中貿易戦争と並行して、米ベトナム貿易交渉が行われる可能性もある。
7月に前年比減少となった対日観光客数は18年半ばから前年比減少になる月が断続的にみられる。背景には韓国の海外観光客数が18年頃に、それ以前の増加傾向から落ち着き始めてことがある。その原因として18年秋頃からのウォン安・ドル高・円高傾向があり、日本旅行の割高感も増した。通貨安は市場が韓国経済のファンダメンタルズなどに脆弱性があるとみなしているからと考えられる。
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10月の数字を報道から拾うと、韓国航空協会は日韓路線利用者が前年同期比で43%減少し、国際線の年間被害が約732億円になるとの試算を公表した。輸出金額も同14.7%減と11ヵ月連続の減速で、特に日本の輸出管理強化に関連する半導体とディスプレーは同30%以上の大幅減。国別でも対中国が同▲16.9%、不買がブーメランになっている対日本の▲13.8%は当然として、対米国も▲8.4%となった。
韓国産業通商資源部は10月2日、日本が輸出管理を強化したフッ化水素、フッ化ポリイミド、フォトレジストの許可がこれまで7件あったと明らかにした(参照:聯合ニュース)。内訳は気体フッ化水素3件、フッ化ポリイミドが1件、レジストが3件(液体フッ化水素は書類補完で未許可)。
とはいえ、輸入数量は管理強化以前に比べ極めて僅少とされる。SKハイニクスやサムソンが一部国産化に成功したとの報道もあるが、真偽は不明だ。ライフが90日といわれる素材もあり、販売が3割落ちているのは確かだが、在庫で繋いでいるのかそれとも代替品で賄っているのかは定かでない。
余談だが、この件では立憲民主党内の意見対立が話題だ。新人の塩村議員が10月4日に「失ったマーケットは二度と戻ってこない」とツイートし、政府の対韓輸出管理厳格化を批判した。が、これに対し枝野代表が7日の記者会見で、本件については「日本政府の姿勢を支持する」と述べたのだ。
塩村議員の「失ったマーケットは二度と戻ってこない」は一見もっともらしい。が、民間企業の取引では仕入れ先は飽くまで損得尽くで決まるのでそうはならない。韓国青瓦台が買うならあり得ようが、サムソンやハイニクスは民間企業、外国人も多い株主たちが不利益を蒙ることに黙ってはいまい。
さて、上記のレポートに見るようにここ最近の韓国経済は、従来からある構造的な問題に現政権の失策が積み重なって相当に厳しいものになっている上、この先それが良化する気配もまったく見通せない。THAADに見るような事大主義の二股膏薬外交で政権自らがその芽を摘んでいるからに相違ない。
日韓GSOMIAの件で、せっかく助け舟を出している米国に盾突いてトランプの逆鱗に触れれば、さらに深い奈落に落ちるだろう。今週と来週が文政権のひとつの正念場であることは間違いなかろう。
高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。