千客万来だった今年のWTO劇場に日本の長期デフレを思う

高橋 克己

今年ほどWTOの話題が多かった年はなかったと思うのは筆者だけではないだろう。そしてここでの主役も期待に違わず中国と韓国だった。

韓国関係では、4月の震災被災地産物の日本逆転敗訴に始まり、日本製バルブへの不当関税に関する裁定に両国が勝利宣言した事や日本の輸出管理強化に対する韓国によるWTO提訴、そしてトランプに叱られての途上国特権放棄などがあった。

一方、米国のペンス副大統領が演説で「自由化するとの楽観主義でソ連崩壊後にWTOに加盟させた」と述べた中国も、途上国特権で20年間世界にデフレをばら撒いた。よってWTOでも敗訴の常連と思いきや、1日の各紙には「中国に対米制裁処置認める-36億ドル規模」との見出しが躍った。

我が目を疑ったが、報道(読売とBloomberg)を要約すると事態はこうだ。

  • 米国が中国製太陽光パネルや鉄鋼製品など13品目に課してきた反ダンピング税を中国が不当として13年12月にWTOに提訴。
  • 16年10月、紛争処理小委員会が米国の措置をルール違反と認定し是正を勧告。
  • 米国が勧告に応じなかったため、中国が18年9月にWTOに裁定を訴求。
  • WTOは19年11月、米国が中国の複数の輸出業者を中国政府の支配下にあると見做して一律に反ダンピング税を課したことなどを違反と認定し、中国が36億ドル(約3895億円)相当の米国製品に報復関税を課すことを承認。
  • 36億ドルは中国要求額のほぼ半額だがWTOが承認した報復措置では過去3番目の規模。
  • 目下の米中貿易協議に影響すると思われ、中国は実際には発動せずに協議での駆け引きに使うとの見方あり。

輸出に係るダンピング(*FTAはWTOルールの例外)とは、一般に「輸出国の国内価格よりも低い価格による輸出」を指し、反ダンピング協定の目的は「輸入国の国内産業保護」だ。そこで、念のためWTOの当該サイトを見ると「結論(Conclusion)」にこうある。(拙訳)

上記理由から、中国から輸入された製品に関する反ダンピング訴訟手続きで、米国が用いたWTOに適合しない方法の結果として我々が決定する中国に生じる利益の無効または損害のレベルは年額3,579.128百万米ドル。よって、DSU第22.4条に従い、中国は年間3,579.128百万米ドルを超えないレベルで優遇またはその他の義務を停止するDSBからの許可を要求できる。

“自作自演ダンピング”もデフレ要因

中国が2001年12月11日にWTOに加盟してから17年経った昨年10月のペンス米副大統領の演説はこうも述べている。

過去17年間、中国のGDPは9倍に成長し、世界で2番目に大きな経済となった。この成功の大部分は、米国の中国への投資によってもたらされた。また、中国共産党は、関税、割当、通貨操作、強制的な技術移転、知的財産の窃盗、外国人投資家にまるでキャンディーのように手渡される産業界の補助金など、自由で公正な貿易とは相容れない政策を大量に使ってきた。

思えば日本の失われた20年、今も抜け出さずにいる長期デフレもこの頃から始まった。それは日本の経常収支の内訳で第一次所得収支が貿易収支を上回ったのが2005だったことでも明らかだ。日本の製造業がバスに乗り遅れまいと我先にアジア諸国、とりわけ中国に進出し始めた頃だ。

IMFの1人当たり名目GDPデータは2005年→2018年の日本経済の停滞ぶりを以下の通り物語る。

日本  37,224$(15位)→ 39,304$(26位) 6%増

米国  44,026$(8位) → 62,869$ (9位) 42%増

ドイツ 35,020$(20位)→ 47,662$(18位) 36%増

韓国  19,403$(35位)→ 33,320$(28位) 72%増

台湾  16,503$(39位)→ 25,008$(39位) 52%増

中国   1,766$(124位)→ 9,580$(76位) 5.4倍

筆者も思い出がある。2000年にフィリピンでドイツ企業とのJV設立に携わった際、JVが負担する両社からJVへの出向者の人件費の話になった。ある者の出向元での職階が同レベルでも、国家間で所得水準に差があればJVの負担額に差が生じる。が、ドイツ企業との差が殆どなかった。

だが2005年に台湾企業と中国にJVを作った時には揉めた。台湾企業とは部長クラスで倍以上の差があった。両社がJVにどう貢献するか(設立準備、生産、販売、研究、管理など)によって出向者も変わるのでそこに解があったが難航した。大分差が詰まった今なら調整も楽だろう。

ベトナム・ハノイにあるニトリの工場(同社HPより)

斯様に日本のGDPと賃金の伸びは低迷している。この原因の一つに日本の製造業の過度な海外移転がある。海外需要を現地生産で賄うのは良い。しかし、安価な人件費を当て込んで中国や東南アジアに生産拠点を移転し、生産物を低価格で日本国内に持ち込むのは“自作自演のダンピング”と言えまいか。

ニトリの事業モデルなどはその典型で、売上高6千億円の殆どを日本で上げながら、生産は全てベトナムで物流拠点も中国だ。1千億円の利益にはそれらの海外子会社からの株式配当や技術・ブランドの使用料を一次所得として含む。が、日本での雇用機会は等閑だ。

つまり、日本の製造業の多くが日本生産を放棄して雇用に貢献せず、展開した海外子会社からの一次所得を国内雇用者への労働分配率向上に回さずに貯め込んで、日本人の賃金上昇を抑え込んで来た。仕方なく日本の消費者は安価な輸入品を手にし、デフレを更に助長する悪循環に陥っている。

仮にニトリが利益の半分500億円を日本生産のための投資や人件費に充てれば、その分日本国内にお金が流通するがそうなっていない。日本企業が海外子会社の安価な生産物を日本に持ち込んで日本の国内産業を圧迫する。これはダンピングではないかも知れぬが、国内産業への悪影響は同じだ。

トランプ大統領は米国の製造業復活を重要視しているようだ(※産経新聞参照)。一朝一夕に実現するのは難しかろうが気持ちは伝わる。一人当たりGDPが日本の6割増しの米国においてすらだ。所得の伸びが停滞する今の日本なら、日本で生産しても採算の合う品物がまだいくらでもあるのではなかろうか

韓国も中国の補助金漬けを真似る?

話をWTOに戻す。ペンスが問題視した、中国政府によって「外国人投資家にまるでキャンディーのように手渡される産業界の補助金」だが、米国が反ダンピング税を課した理由として「中国の複数の輸出業者を中国政府の支配下にあるとみなした」とは、この補助金を指すのだろう。

補助金なかりせば赤字で潰れる企業を中国政府が救っているということだ。そこで筆者の頭に韓国が過る。日本の貿易管理強化に対抗して青瓦台が打ち出した国産化支援だ。9月16日の聯合ニュースの「韓国国会予算委 日本輸出規制対応に向け初会合=製造業支援に重点」を要約する。

3官庁が会議に参加し日本の輸出規制強化措置の現況や対応策を報告した。産業通商資源部は来年の素材・部品・設備に関連する予算に1兆2,716億ウォン、科学技術情報通信部は素材・部品分野の特別研究団と地域拠点大学の革新研究所を設置するための細部計画、中小ベンチャー企業部は来年の素材・部品・設備関連予算として今年の3倍以上の2,586億ウォンを策定した。

だが、日本円で1千数百億円に上るお金をどのように使うのだろうかという疑問が湧く。国産化支援といっても投資するのは民間企業、有形無形の資産の加速償却や優遇税制や研究開発投資に対する税の優遇などが考えられるが、他の企業との不公平回避や立法措置が必要で簡単でない。

中国ではあるまいし、政府が民間企業に掴み金をぶち込む訳にはいくまい。韓国は輸出立国、そうして生産した製品を輸出するとなれば中国同様WTOにダンピング提訴されよう。「今後はきっちり管理します」と反省して頭を下げれば済むものを、謝ることができない国民性が災いする。

また韓国の日本製バルブへの反ダンピング課税も、WTOの是正勧告を勝ったとして無視し続ければ、何れ冒頭の米国と同じ憂き目に遭うのだろう。が、その時点で日本が報復関税を課せるほどの韓国からの輸入が残っているかどうかは、残念ながら全く保証の限りでない。

日本は“自作自演ダンピング”から抜け出よ

最後に冒頭のWTO裁定だが、事と次第によってはWTOを脱退すると言って憚らないトランプだ、中国に認められた米国への報復関税だって無視しかねまい。国連嫌いのトランプが、独立性が強い組織とはいえWTOが国連関連機関である以上、何をするか判らない。

日本にとっては韓国との係争がいくつかありWTOとの関りはなくならないし、超大国米国の真似など出来ようがない。よって日本は、20年前とは違う現状の「身の丈」を考えて、自作自演のダンピングから抜け出し、製造業の復活を期すことを、政府と財界には考えてもらいたい。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。