朝日の不自然な「身の丈」キャンペーン
朝日新聞が唐突に始めた「萩生田大臣・身の丈発言」糾弾キャンペーンは、4日も前のBS放送での発言を切り取ったものだった。河野大臣「雨男」発言への反射的な反応に比べ、4日間もタイムラグがあり不自然な始まり方ではあったが、今回のキャンペーンは久しぶりに「戦果」をあげ、萩生田大臣から謝罪と撤回を引き出した。
しかし今回のキャンペーンは結果として、城井崇議員(国民民主党)の真摯な努力に力を与えた。報道前は劣勢で文科省に押し切られる寸前だったが、報道が追い風となり問題山積の英語民間試験は延期された。
ところで一連の朝日新聞の報道には、実は報じられない疑惑があり、2つの「盲点」になっている。
朝日新聞報道に存在する2つの盲点
疑惑1:ベネッセと文科省の「癒着」を追求しない
ベネッセホールディングスと文科省に関する情報に限っては、朝日新聞は客観報道に徹している。具体的には、最近6年間でベネッセという企業グループは以下の2つの事件を起こしており、報道スクラムが組まれてもおかしくない状況だったが、それらの報道は静かなものであった。
事件1:2014年7月:ベネッセ個人情報流出事件
同年7月9日、ベネッセ個人情報流出事件が発覚した。流出顧客情報は最大で3504万件に及ぶ。
本件に関して、当時の文科大臣は、
下村博文文部科学大臣記者会見録(2014年7月11日)
ベネッセコーポレーションにおいて、(略)警察による捜査も開始されているものと承知しておりまして、(略)場合によっては指導をしてまいりたいと考えます。
(文部科学省ウェブサイト「下村博文 文部科学大臣記者会見録」(平成26年7月11日)より抜粋、太字は筆者)
警察による捜査も行われた大きな事件だが、報道は急速に収束して事件の推移に関する事実のみが報道されて行く。
事件2:2018年12月:文科省・ベネッセ癒着疑惑(費用肩代わり)
同年12月19日、文科省が米国人への謝礼等416万円をベネッセに肩代わりさせた疑惑が発覚した。
文科省は内部監査の結果、「強要も便宜供与もなく問題なかった」と結論づけたが、識者は「癒着を生む恐れがある構図だ」と指摘する。(略)ベネッセは教育関連の大手で、文科省が小中学生を対象に行っている全国学力調査の採点や集計をグループ会社が請け負っている。2020年度から始まる「大学入学共通テスト」の英語民間試験にも参入するなど、文科省と様々な場面で関係を結んでいる。
(朝日新聞、2018年12月19日記事より抜粋、太字は筆者)
本件についても調査報道という形の続報はない。文科省とその管轄する事業者であるベネッセとの癒着の可能性、今注目の英語民間試験への参入など、政権叩きの偏向キャンペーンには絶好の素材だが、なぜか流している。「何らかの抑制する力」が働いているのだろうか。
ちなみに、新聞事業の先細りが懸念される朝日新聞は、教育関連事業にも注力しており様々な事業でベネッセの力を借りている。
疑惑だけでも入試という公的事業への参入は留保されてもおかしくないが、更にベネッセは情報流出事件で警察の捜査も受けた企業である。その後いかなる指導が実施され、どのように参加資格を満たしたのだろうか。萩生田大臣はこの点も調査公表すべきだろう。
疑惑2:文科省不祥事の追及をしない
2017年1月前川喜平事務次官(文科省)が、天下りをあっせんした疑いで辞任した。
(朝日新聞「文科省の前川事務次官辞任へ 天下りあっせん問題で引責」参照)
2018年7月科学技術・学術政策局長の佐野太容疑者(文科省)が、受託収賄の疑いで逮捕された。便宜の見返りに子どもを東京医科大に不正合格させてもらった容疑。
(朝日新聞社説「文科局長逮捕 行政と入試の公正汚す」参照)
2018年9月戸谷一夫事務次官(文科省)が、業者から不適切な接待を受けて辞職した。
(朝日新聞社説「文科次官辞職 規律と信頼を取り戻せ」参照)
前川氏の天下り疑惑を報じた当初は、前川氏をバッシングする報道だった。
しかし前川氏が政権批判を強め、内部事情を暴露するポジションをとると、手のひら返しで「歪められた行政」を正す「反骨の闘士」に祭り上げた。風俗店の利用を「貧困調査」と称してみたり、「面従腹背」を座右の銘と公言したり、前川氏は日本の教育行政を司る文部科学省の事務次官としては資質に欠ける人物であった。
週刊文春の指摘
一方、週刊文春11月14日号は、「安倍“お友だち”と英語試験業者の蜜月」と題して、文科省とベネッセ、更には下村文科相(当時)の間の癒着疑惑を報じている。佐藤禎一元文部次官と中教審・入試改革の議長だった慶應義塾大学の元塾長安西祐一氏、そしてベネッセの関係を指摘し、下村元文科相の行動に疑問を呈しているのだ。
しかし、なぜか朝日新聞はこの人脈と疑惑に言及していない。
萩生田大臣の本当の任務
以下は仮説にすぎないが、この状況に照らして安倍総理は、総理最側近の萩生田大臣に2つの「真の任務」を課したのではないか。
真の任務1:教育改革
大学入試制度の変更は、最初から流れが完全におかしな方向に進んで行った。萩生田大臣の就任記者会見を視聴したところ、入試制度変更の問題点を既に認識しており、立場上「見直す」とは言っていないが「精査する」と明確に発言している。余程のことである。制度変更に対して何らかの考えを持っていることは確かに見て取れる。
萩生田氏の大臣就任には、事業者の利益のために歪められてしまった「教育改革」を正すことに狙いがあるのではないか。
(文科省 萩生田光一文部科学大臣記者会見録を参照)
さらに萩生田大臣はモリカケ騒動の時、作者不明の不正確な内容のメモに名前を引用され、大変な迷惑を文科省から受けて当時の責任者から謝罪されていたこともわかる。萩生田大臣は、かつての文科省に利用されて迷惑を受け、それを大局的な観点から堪えてきた人物である。その萩生田氏を「敵地」文科省のトップにつけたのは、大学入試制度を切り口に、文部科学省自体の矯正も狙っているのではないか。
真の任務2:偏向著しい文部科学省の矯正
現在の日本の教育は強く偏向している。一例を挙げる。日本の歴史の教科書にもかかわらず、朝鮮の敗軍の将に過ぎない李舜臣が年々筆の力で偉大な提督になり、文字記録に過ぎない亀甲船の想像図が漏れなく掲載されている。一方、世界的な評価も高い東郷平八郎聯合艦隊司令長官への言及が年々減少し、誇り高い旗艦三笠などはまず載っていない。他にも無数の例示が可能であり、偏向ぶりの考察は別途行うが、あきらかに日本の教育はおかしな方向に進んでいる。
挙動の怪しい文科省そのものを改革し、この偏向現象を矯正するという大仕事は、並みの人物では無理である。萩生田大臣は、森元総理以来の「自分の風評に鈍感」な政治家で、人から嫌われる仕事もこなせる人物と筆者は見ている。(既に朝日新聞からは森元総理と同じ扱いを受け始めている印象がある)
そんな萩生田大臣に課された真の任務は、日本の教育を歪めてきた文科省本体の矯正ではないかと見ている。
また、英語民間試験の5年もの延期は、強い非難が予想される困難な決断だったが、受験生のためには一番良かった。これは、城井議員の功績とともに萩生田大臣の英断だと筆者は評価する。
ただし、言葉の使い方には気を付けるべきだ。「身の丈」とは、自分や自分の配下の人間に使っても問題ないが、地位の高い大臣が国民に対して「身の丈に合わせろ」と言えばネガティブな感情を抱く人もいるだろう。
まとめ
文部科学省とベネッセ等の民間事業者の間に癒着があるのかどうか、経緯調査での解明を期待したい。また、戦後教育の不備が現在の日本の諸問題の根源をなしているので、萩生田大臣には入試改革に留まらず、広く深く、日本の教育改革を実行して頂きたい。間違いなく、与野党が力を合わせて取り組むべきテーマの一つだろう。
田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。