暗号通貨や金の時代がやってくる?各国中央銀行が注目の発言

有地 浩

フェイスブックのリブラは予想通り各方面から袋叩きにあって、その実現は先の見えない長いトンネルに入っている。リブラは、既存の通貨制度の枠組みの外にリブラ独自の暗号通貨の世界を作ろうとしているのだが、ドルを中心とした世界の通貨制度の壁にぶち当たっている。

しかしその一方で、通貨の番人である中央銀行の側で、現在の通貨制度の先行きに悲観的な言動が散見されるようになって来た。

カーニー総裁(Wikipedia)

少し前の話になるが今年8月、イングランド銀行のカーニー総裁はアメリカのワイオミング州ジャクソンホールで開催されたシンポジウムで、世界経済におけるアメリカの地位が低下しているにもかかわらずドルが世界の基軸通貨であり続けており、これが保護主義の高まりと相まって、世界経済の減速をもたらしているとして、長期的にはドルに代わって複数の通貨を合成したデジタル通貨を基軸通貨とすることが望ましいと主張した。

この合成デジタル通貨は、まさにフェイスブックのリブラと同じ考え方のものだが、カーニー総裁は、これは公的セクター(より具体的には各国の中央銀行)が管理運営すべきものという立場をとって、リブラのような民間の通貨が基軸通貨になることは拒否している。

リブラの将来がどうなるかはさておき、主要国のひとつのイギリスの中央銀行総裁が現在のドル中心の国際通貨体制に代えて公的なデジタル通貨体制を構築すべきと述べたことは、大変重みがある発言だ。

またもうひとつ、10月にはオランダの中央銀行がそのホームページで、通貨と金融システムの将来に関して意外なことを書いた。そこでは金のことを「完ぺきな貯金箱」と表現し、「金は金融システムへの信頼をつなぎとめる錨であって、システムが崩壊した時に金は、再びそれを構築するための基礎となりうる」と言ったのだ。

Marco Verch/flickr

普通、中央銀行は、通貨の番人として貨幣の価値の維持に努めると言うことはあっても、今後金融システムが崩壊した場合、ドル、ユーロ、円といった法定通貨ではなく金が頼りになるといったことは書かないものだ。それをオランダ中央銀行があっけらかんと書いたのは衝撃的だ。

しかし実は、こうした金は中央銀行の信頼性を高める資産という考え方を持つ中央銀行はオランダ中央銀行に限らない。ワールド・ゴールド・カウンシルが毎年発表する資料によれば、多くの中央銀行が金の買い手となっている。

その中でも目立った動きをしているのが、ロシアやトルコなど新興国の中央銀行だ。これらは主に、アメリカの経済制裁を受ける中で、制裁の影響を受けない資産を持つという目的で金を買っているが、金が伝統的に価値の保存手段として信頼できるという理由もあるようだ。

また最近では中国が金の大口の買い手として登場している。中国はアメリカとの貿易摩擦がエスカレートする中で、ロシアやトルコと同じような理由で金を購入するほかに、ドル建てのアメリカ国債を中心とした外貨準備を持つことによるドル下落時の損失リスクにも備えているものと思われる。

現在、主要先進国を中心として超金融緩和政策が続き、それと共に世界の国家、企業、家計が債務を膨らませている。その行き着く先には、金融システム危機と法定通貨の信用失墜が待っている可能性があるが、その時は、金や暗号通貨が頼りとなるかも知れない。

なお、本稿は筆者の主観的見解を述べたものであり、いかなる為替、金融商品、商品、仮想通貨の売買を勧めるものではない。投資する場合はリスクを承知した上で、完全な自己責任で行うことをお願いする。

有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト