HLAの多様性が免疫チェックポイント抗体の効果に影響?

Nature Medicine誌に「Evolutionary divergence of HLA class I genotype impacts efficacy of cancer immunotherapy」というタイトルの論文が発表されている。端的に言うと、HLAクラスIの多様性とがん免疫療法(免疫チェックポイント抗体療法)の効果に関連性があるという話である。

これまでの世界的なコンセンサスとして、がんでの遺伝子異常数(アミノ酸の配列に影響を与える遺伝子変異数)が多いほど、一般的には免疫チェックポイント抗体の効果が高い。少し専門的になるが、アミノ酸配列に影響を与えるものとしては、点変異(1塩基の変異)によってアミノ酸が置き換わることに加え、スプライス異常や3の倍数でない塩基の挿入・欠失などがある。

いずれにせよ、本来われわれが保有していないアミノ酸配列を持ったタンパク質が細胞の中で作られ、分解され、10アミノ酸前後のペプチドが生み出され、それががん細胞特異的な抗原になるのである。この新たに生じた抗原に対して、体が敵の侵入(非自己)と判断し、抗原を目印として攻撃するリンパ球を増やす。理屈の上では、遺伝子異常が多いほど、このようながん特異的ペプチドが増えることになり、それに対するリンパ球が増えることになる。

しかし、このシステムが常に働くならば、がんができないはずであるが、がん細胞は自分を守るために、このようなリンパ球を抑え込む仕組みを働かしている。このがんを守る側を弱体化させるのが、免疫チェックポイント抗体である。

話を戻すが、がん特異的抗原ががん細胞の表面に出るためには、HLA(ヒト白血球抗原)に結合する必要がある。この論文ではHLAクラスIが論議されているが、これはクラスIと結合した抗原が、細胞傷害活性をもつCD8リンパ球の活性化に関わるからだ。クラスIにはA、B、Cの3種類が知られている。これらの分子は非常に多様性に富んでおり、それぞれ数十種類に分かれている。

HLA-A、B、Cは、父親、母親からひとつずつ受け継ぐので、一人につき最大6種類となる。しかし、例えば、HLA-Aの場合、日本人にはA24型が多く存在しており(多民族ではこのような大きな偏りは見られない)、20%の人が二つのA24型を持っていることがわかっている。両親から異なるタイプを受け継ぐと異なる2種類ずつとなり、合計6種類のクラスIを持つが、それぞれが同じタイプを受け継ぐと3種類しか持っていないことになる。3―6種類の違いで免疫チェックポイント抗体の効果に影響があるかどうかを調べたのが、この論文の趣旨である。

それぞれのHLAによって、結合する新規抗原の種類は違うので、遺伝子異常数が同じ場合であっても、新規の抗原が細胞の表面に現れてくる可能性は、HLA分子の種類が多くなるほど多くなると想定される。抗原が多く現れてくるほど、がんを叩くリンパ球が増え、リンパ球が多いほど抗体医薬が効きやすくなる。その可能性を示したのが、冒頭の論文である。

免疫系は不思議で謎が多い。この論文は症例数も少なく、今一つ納得できない点も多い。特に、がん細胞でHLAが作られているのかどうかは明らかでない。こんな可能性が高いという仮説に誘導されたような部分も否めない。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年11月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。