官製談合防止法違反のニュースを連日のように見聞きする。今日(19日)もまたこんな記事を目にした(「官製談合容疑で市職員逮捕 高崎芸術劇場入札で館長も」(産経新聞2019年11月19日))。
群馬県高崎市が発注した備品購入の指名競争入札で入札予定価格を漏らしたなどとして、県警捜査2課は18日、官製談合防止法違反などの疑いで高崎市総務部企画調整課付課長佐藤育男容疑者(50)=高崎市大八木町=と「ラジオ高崎」役員で高崎芸術劇場の館長菅田明則容疑者(66)=同県安中市安中、高崎市にある阿久沢電機社長阿久沢茂容疑者(68)=高崎市江木町=の3人を逮捕した。
具体的な容疑は、「3人が共謀し今年1月ごろ、高崎市が発注した芸術劇場の備品購入の指名競争入札で、都市整備部都市集客施設整備室長だった佐藤容疑者が入札予定価格を菅田容疑者に漏らし、1月24日に実施された指名競争入札で阿久沢容疑者の会社に落札させた」とのことである。発注担当者から予定価格を聞いた館長が社長にさらに伝えたという。この記事によれば漏洩された予定価格は6264万円で、落札価格は5680万円だという。
少し気を付けなければならない点がある。それは6264万円という予定価格が税込価格で落札価格は税抜きで5680万円だということである。(本稿執筆時点での)産経の記事はこの違いを明示していないが、読売の記事(「高崎芸術劇場館長ら、官製談合の疑いで逮捕」)ではこの違いを踏まえて、落札金額を6134万円と記載している。
これは実は重要な情報で、5680万円が税抜の額ならば税込の額は予定価格に非常に近くなる。仮に税込だとするならば落札率でいうと90%ぐらいになる。予定価格の漏洩で落札率がこの程度だと(公共工事なら)下限価格を当てさせるための予定価格の漏洩ということが疑われる。
多くの発注者は、予定価格に一定の計算式を当てはめて下限価格を導いている。だから予定価格の漏洩によって下限価格(付近)での落札が可能になる。沼津市の官製談合防止法違反事件はそういうケースだった(「沼津・官製談合、市職員が元上司らから接待 飲食やゴルフ」(静岡新聞2019年10月21日))。しかし(請負契約でない)備品の購入のケースでは下限価格は定めない。
上限価格である予定価格を漏洩し予定価格付近で落札させるのは「古典的」な不正である。それも指名競争が採用されている。この一社が受注予定者であることが前提になっているか、一者応札が予想されるケースかのいずれかである疑いが強い。何故ならば競争があれば予定価格付近での落札は考えにくいからである。前者ならば協力業者がいるということだ。
もちろん、予定価格が低すぎて競争が成り立たないようなケースもあるが、芸術劇場の備品購入においてそのような特殊な状況があるのだろうか。競争が激しい場合、予定価格の漏洩は下限価格での受注を目指す業者が「抜け駆け」的に発注者と癒着する不正が多くなる。
「税込」「税抜」の違いは「官製談合」という強烈な言葉の前であまりたいしたことがないような情報に見えるが、事案の特徴を見極める上では極めて重要な情報なのである。
ただ、発注者側の協力があれば「下限価格付近での入札談合」という「新手」もあり得る、ということには多少の注意を払っておいてもよいだろう。下限価格に多くの業者の応札価格を集中させ「競争がある」かのような体裁を作る、という手口である。下限価格が高めに設定されていれば、これは可能である。
楠 茂樹 上智大学法学部国際関係法学科教授
慶應義塾大学商学部卒業。京都大学博士(法学)。京都大学法学部助手、京都産業大学法学部専任講師等を経て、現在、上智大学法学部教授。独占禁止法の措置体系、政府調達制度、経済法の哲学的基礎などを研究。国土交通大学校講師、東京都入札監視委員会委員長、総務省参与、京都府参与、総務省行政事業レビュー外部有識者なども歴任。主著に『公共調達と競争政策の法的構造』(上智大学出版、2017年)、『昭和思想史としての小泉信三』(ミネルヴァ書房、2017年)がある。