国民投票法改正案の今国会成立が見送られる公算となった。これで安倍政権下での改憲は可能性ゼロではないが、事実上不可能になっただろう。確かに、国会は複数回残っているが、改憲案を一会期でとりまとめるのは困難なうえ、国民投票には「国会発議から60~180日」という期間の規定がある。
つまり、今回国民投票法の案さえまとめられなかったので、首相の任期中に「発議~国民投票」という必要期間を確保できないことが事実上確定した。投票法改正での期間短縮や首相任期延長のような類の隠し玉(打開策)があるのかもしれないが、これまでの弱い歩みを考慮すれば、そこまでの強引な指導力は望めないだろう。
“任務部隊”の目的は完全に達成された
憲法改正を阻止したい勢力の目的は、完全に達成された。モリカケ騒動以来、民主主義の弱点を突いて民主主義の良さを殺す卑劣なやり方は連戦連勝である。つまり、「虚ろなテーマに火をつけて大騒ぎし、各種の議論など前段階の手続きを止めることで憲法改正自体を凍結する」というこの戦術に、やられてしまっている自覚さえ国民にはないのだ。
モリカケ、戦略特区、大臣連続辞任、「身の丈発言」切り取り、桜を見る会騒動…など、数手先を読めば最初から詰んでいる騒動であり、一見稚拙な倒閣運動に失敗しているようにも見えるが、それは表面的な理解である。一連の見え透いた騒動はフェイク作戦である。
「ノルマンディー上陸作戦におけるカレーのパットン将軍」のように、「憲法改正阻止」という真の目的から目をそらす欺瞞戦ということだ。
1944年の捷一号作戦(日米間のフィリピンでの攻防)において、小沢機動部隊(≒護憲タスクフォース)は、海戦自体に勝ち目はないが、猪突猛進型のハルゼー機動部隊(≒改憲派)を、決戦場のレイテ湾(≒国会)から誘い出し、有力な航空部隊を物理的に参加不可能な距離に置くことに成功した。同様に、今改憲を望む国民(≒ハルゼー)が気付いても、もう改憲には物理的に間に合わない。ハルゼーも国民も「小沢」にしてやられたということか。安倍政権下でさえ不可能であるなら、喫緊の国難に遭遇しない限り、他の首相では難しいだろう。
“護憲任務部隊”とは誰だ
夏の参議院選挙の時も、「改憲勢力が『三分の二』に届くかどうか…」という報道がなされていたが、これはまた空しくかつ意味不明な表現だった。公明党を核として自民党内の隠れ改正反対派を含む一群が最大の護憲派であり、野党にも国民民主の中や維新の会といった人々も改憲派がいるだろう。与党(自民公明)というくくりにすぎない形式的な「三分の二」という数字は実質的には意味を持たない計数だ(筆者の個人的見解)。
“護憲任務部隊”の実働部隊は「モリカケ」「戦略特区」「桜を見る会」などの騒動へのスタンスで容易に判断することができる。一方本体は見えにくいが、実働部隊が忠誠を尽くす人物や、理不尽な妥協で国会を運営する与野党の国対あたりであろう。さらにそこに指令を出している層は我々には不可視であるが、紅い国ではないかと想像している。日本の「拘束具」が維持されると利益を得るのは誰かを考えればそこに辿り着くだろう。
戦略特区論難と二大臣辞任は仕掛けられた罠
この話は確証がなく「そう捉えれば辻褄は合う」という程度の推論に過ぎないが、今国会の戦略特区に関する論難は、実は3か月も前の7月の時点で既に雑誌「選択」上で予言されていた。
“国家戦略特区絡みの原英史氏 与党議員の「徹底追及」発言で窮地に”
この記事に出てくる与党議員は国対の鍵を握る人物であり、おそらく“護憲タスクフォース”の一人ではないかと思う。6月11日の毎日新聞虚報から始まった一連の戦略特区叩きは、実はそれ以前にモリカケで騒いだメディアと議員達(森・今井・「ガソリン値下げ隊長」こと川内博史氏らを含む多数)によるキャンペーンの蒸し返しだ。
彼らの誤算は原英史氏の強力な論理的逆襲だったが、最初から話に無理があるので論理的破綻には構わずに「強襲」し、国会期間の浪費に貢献している。また、安倍総理をはじめ各大臣の脇の甘さが大前提だが、辞任した大臣たちは秘書たちを苛めすぎていたのだろう、敵陣の誘いに身内がのって離反された可能性がある。
メロン報道で警報が鳴る最中に不自然な香典渡しの現場を撮影までされているのは、記者カメラマンが優秀なだけでは説明がつかない。これも周到な準備の一環の可能性があるだろう。桜を見る会騒動については僥倖だと思うが、これで駄目を押すことができたのは確かだ。
安倍総理の努力は水泡
第二次安倍政権では、就任直後に靖国神社参拝で米国からもクレームが入った。以後自重し続け、変な大統領や国家主席たちとも「良好な関係」を築いて、とにかく悲願の憲法改正にまい進した安倍総理だったが、もはや万事休すである。総理在任期間が憲政史上(単独)最長になった2019年11月20日、安倍晋三首相のもとでの憲法改正が実質的に阻止されてしまったことは何という皮肉だろうか。憲法改正の機運は、桜ともに散った。
日本敗戦を予測していた総力戦研究所
対米戦争開戦直前の1940年、当時の若い本物の知性を集めて「総力戦研究所」という知的タスクフォースが内閣直轄機関として組まれた。日米戦避け得ざる時、その推移と結果を「机上演習」するためである。演習結果は、原爆の登場を除くとほぼ現実と同じ推移で「日本は必ず敗れる」となった。
当時政権側の一員であった東条英機(陸相のち首相)は「研究としてはよくできている。しかし現実は机上の演習とは違う。研究結果は口外禁止。」という趣旨の発言をしたという。「事実よりも人間社会の事情を優先する。」
そのような意思決定の評価軸が日米戦を決定した背景だと思うが、仮に時の内閣がこの研究結果をまじめに受け取っていたら歴史も変わっていたかもしれない。
これも、安定した社会が続くと「社会的に優秀な凡人」が「自然科学現象等の事実に従う天才」たちを抑えてしまい社会が沈滞する現象だと思う。
次世代へのバトンとして「総力戦研究所」を創設せよ
しかし、またいつの日か、太陽が上るときも来るだろう。憲法改正はできなかったが、せめて安倍総理には次世代への「種と土壌」を遺産として遺して頂きたい。
例えば、安倍政権下で次世代の議員や若い官僚を集めて令和版「総力戦研究所」を設立できないだろうか。憲法改正、安全保障、教育改革、経済構造改革など、明らかな機能不全症状にもかかわらず改善の動きがとれなくなっている日本には、現状分析と将来ビジョンを描く統合的「机上演習」が必要だ。
今の日本は、マスメディアの横暴や少数の特定運動議員の妨害活動など、民主主義の弱点ばかりが目立つ。そして実質的な意思決定は水面下で行われ、国会が形骸化していることは国民も知っている。このままの国家運営では、低成長も続き国際比較では相対的弱小国に転落、やがては民主主義ではない勢力の支配に屈する事態もあり得る。
まずは事実に基づく現状分析と将来予測を行い、それらに立脚した日本の大戦略を描くことが必要だ。それができた時、きっと次の建設的な展開も見えるだろう。
若い政治家だけではなく、官僚になる若者も一般的に優秀で、志の高い人たちである。(志の低い人物がいることも知っているが。)そんな若者をすり潰し「暗黒面」に落とすのは、不埒な一部議員だけではなく国家運営の機構全体に欠陥があるのだと思う。
嫉妬する気持ちを捨てて彼らエリートを見れば、もの凄い突破力と仕事への強い意思をもっていることがわかるだろう。日本の宝である彼らの心がすり減る前に、ビジョンを描くような前向きな仕事に携わらせてみたい。
贔屓の招待客限定の「桜を見る会」の中止は良い判断だった。もう一歩踏み込んで、安倍総理には国民全体で見ることができる美しくて壮大な「桜」を咲かせて頂きたい。
田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。