文大統領がGSOMIA破棄を停止した背景

高 永喆

11月22日、文在寅大統領はGSOMIA(韓日情報包括保護協定)延期を決定すると同時に、日本の半導体素材輸出規制をWTOに提訴する措置を取りやめた。その決断は、文政権が生き延びるための最善の選択肢と言える。

韓国大統領府Facebookより

この日午後6時に大統領首席秘書官が青瓦台前で、3日間ハンガーストライキ中の黄教安(自由韓国党代表)を訪れ、文大統領の前向きな意思決定を伝えながら丁寧に説明した。

11月23日0時までのGSOMIAの更新期限がわずか1日前に迫り、最終的な意思決定を通してハンドルを右に右折、方向転換出来たのは文政権にとっても「不幸中の幸い」だと。韓国は安全保障上、一応の国家存亡の危機を回避出来たと言えよう。

さて、今回、文在寅大統領がGSOMIAの効力停止1日前のタイミングで破棄停止を決断した背景には政治的なパフォーマンスだったと言う見方がSNSで広がっている。

ネット上の見方というのは、GSOMIAの協定期限が迫っている中で、アメリカの次官級要人3人とミリー統合参謀本部議長、エスパー国防長官、インド太平洋司令官が相次いて文大統領を訪問、そこに乗じて文大統領は、自らの失墜した権威が上がる効果を得た、というものだ。

エスパー国防長官らと会談する文大統領(大統領府公式サイトより)

文在寅大統領はデタラメな指導者であり、北朝鮮からも「牛頭」だと悪口され、プライドが高い韓国民の怒りが沸騰した。デタラメであろうと、優れていようと、韓国の大統領は国民的なシンボルであり、国家と国民を代表する象徴であるからだ。

先日、タイのバンコクで、エスパー国防長官は、日本の防衛相と韓国の国防相の間に入って「お互い、同盟国で、間違いないですよね?(Allies ! Allies ! Right ?)」と再確認した。

しかし、文政権は元よりGSOMIAを延期したくなかった。その目的は反日感情を煽って来年4月15日の国会総選挙で支持率を上げる狙いだった。それに加えて、中国が強要する「3つのNO」、すなわち①THAAD(弾道弾迎撃ミサイル・システム)を増加配備しない、②日米韓MD(ミサイル防衛システム)に加入しない、③日米韓3国の同盟進化に関与しない…という方針に従っていた。

しかし、GSOMIA延期が取り消しされた場合、逆に、文政権の支持率は急落し、むしろ政治生命が短縮されかねない事態を招く恐れがあった。最終的に文大統領は、GSOMIAの延長に向けて、国内外からの圧力に直面している中で、廃棄を見直すことが、政治生命を伸ばして生き延びる近道であり、安定した国政運営の選択肢であると受け止めたわけだ。文大統領としては致命傷を避けるため、やむを得ず“右折”した苦渋の選択だったかもしれない。

なお、最近、韓国の保守系の新聞やメディアでは在韓米軍の縮小・撤収まで言われている。もしかしたらメディアを掌握して「反米・離米」世論を造成する文政権の狙いかもしれない。

しかし、韓国世論は「文政権は国防音痴だ」「安全保障を任せられない」と猛烈に反発している。トランプ政権も、文政権を見限っており、中国や北朝鮮とのパワーバランスを考えると、在韓米軍の縮小はあっても、完全撤退はあり得まい。

筆者が前回のコラムで前述した通り、韓半島の38度線を中心とした休戦ラインは、Land Power(大陸勢力:中国、ロシア、北朝鮮)とSeaPower(海洋勢力:イギリス、アメリカ、日本、韓国)の力のバランスを保つ「センターライン」だ。これが崩れた場合は、世界平和と地域安保環境に地殻変動が発生して安定した国際秩序が崩れる危険性が潜在している。繰り返すが、だからこそ、駐韓米軍の全面撤収は考え難いテーゼになる。

高 永喆
拓殖大学主任研究員・韓国統一振興院専任教授、元国防省専門委員、分析官歴任

【おしらせ】高永喆さんの著書『金正恩が脱北する日』(扶桑社新書)、好評発売中です。