教員の変形労働時間制:国が覆い隠す「不都合な真実」 --- 和田 慎市

寄稿

国は教員の超過勤務改善の一環として「変形労働時間制」の導入に舵を切っていますが、はたしてこれで教員の超過勤務は改善されるのでしょうか?

acworks/写真AC(編集部)

実は変形労働時間制により、政府・文科省は不都合な真実を覆い隠そうとしています。
そもそも教員が超過勤務となった要因は、

①  教員が本来しなくてもよい仕事(事務処理、校外指導、苦情処理等)の増加
②  給特法に伴うサービス残業の増加
③  部活指導のあいまいな位置づけ(正式な校務ではない)よる半ボランティア化

であり、変形労働時間制ではこれらの問題を何ら解決できません。それどころか平日の長時間勤務を強制することで、小さな子供を抱える共働き家庭の教師が働きにくくなったり、勤務時間が短縮されるはずの長期休業中に部活指導や研修等でサービス残業が増えたりする恐れすらあります。

実は弁護士も教員の変形労働時間制導入には明確に反対しています。

公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入は社会にとっても有害無益|嶋崎 量(Yahoo!ニュース個人)

劣悪な勤務条件は何も教員に限ったことではありませんが、実質残業手当が支給されない「給特法」に手を付けないまま変形労働時間制を導入するやり方は、民間ではありえない暴挙ではないでしょうか。

教員の職場環境や勤務条件が更に悪化すれば、教師のなり手が減ることで質の低下が起こり、学校教育の荒廃が日本社会に及ぼす悪影響は計り知れません。

ここで給特法のもたらす問題点を整理してみます。

  1. 教師の仕事には明確な終わりがないためサービス残業が一層常態化する
  2. 給特法では残業手当を支給しなくてよいため、文科省も教育委員会も教師のサービス残業に目をつぶりがちである
  3. 教師の担う業務や外部の要求が増加すると、熱心な責任感の強い教師に仕事が集中する(一部の無気力無責任な教師に民間のようなペナルティー[減給・降格]がない)
  4. 部活指導が正式な業務か否かあいまいな中で半ばボランティア化している
  5. 国・文科省等は上記1~4に手をつけぬまま超過勤務の拡大を放置したため、残業代相当の財源が確保できないレベルに達している

上記の弊害から給特法は直ちに廃止すべきですが、国でそのような動きは起こっていません。

「給特法」を廃止せず改正としたことの真意を、フリージャーナリストの前屋氏も指摘されています。

「給特法」改正がもたらすもの|前屋 毅(BEST TIMES)

なぜ国は超過勤務の元凶である「給特法」を廃止しないのか? それは教員の超過勤務の増加により、巨額に膨れ上がった残業代の財源を到底確保できないとわかっているからでしょう。

仮に残業代が民間レベルで支給されたとしたらどうなるのか概算してみます。労基法の一般的な計算式である

労働単価(時間当たり)=月給÷1カ月の平均所定労働時間

を使用し、40歳基本給34万円(手当は含まない)を教員の平均給与と仮定、月平均労働日数を21日とすれば、7.75時間×21日=162.75時間です。上記計算式から教員の労働単価は2,089円となります。

残業代単価は月60時間までなら労働単価の1.25倍、60時間を超えた分は1.5倍が基本ですが、教員はすでに残業8時間分の給与が「給特法」により上乗せされていますから、概算式は

A(60時間まで)… 2,089円×1.25×(60−8)
B(60時間超え)… 2,089円×1.50×(77−60)

となります(過去のデータから公立学校教員の平均残業時間を月77時間と仮定しました)。

これで架空の教員残業手当を計算してみますと、一人当たり月平均 A+B=189,054円 が支給されることになります。

さらに全教員(大学・私立を除く公立学校教員数)の年額残業代を計算しますと、

189,054円×12か月×116万9千人≒2兆6520億円

となります。

国の教育文化科学予算は総額5.3億円で、人件費は約1.5兆円です。国は全国の義務教育学校へ教員給与の3分の1を補助しますから、約8割の教員が該当すれば残業代増加分だけで7千億円以上が必要となり、予算規模からして財源確保は極めて厳しいでしょう。当然地方自治体が負担する約2兆円も一朝一夕には確保できないはずです。

また、仮に給特法を廃止したとしても、無駄な残業代を減らすためチェックが厳格になり退勤時間は早くなるかもしれませんが、教員の業務自体が精選されない限り、残業時間の減少が持ち帰り業務時間の増加につながる恐れが大きいでしょう。

ですから給特法の廃止は、超過勤務(残業代)の実質的な大幅削減ができるように、煩雑になった教員の業務自体を精選しない限り実現できないという現実が見えてくるわけです。

従ってまず国や自治体がすべきことは、教師の正式な業務と業務外の仕事を法規上明確に規定して実効性を持たせ、国民に周知することです。

たたき台として私案を提示しますが、以前の私の投稿記事でも触れています。

真の教員働き方改革実現に向けて|和田 慎市(アゴラ)

ア.職務外とすべき仕事

  1. 学校外で行う仕事(生徒指導、巡回・補導・引取り、登下校時の交通指導、交通事故対応等)
  2. 直接生徒と関わらない仕事(外部からの苦情・クレーム対応、勤務時間外の電話応対、全国・全県一律調査等)
  3. アルバイト指導(高校のみ)

イ.今後職務外となる可能性がある仕事

  1. 進路指導(児童生徒・保護者が自主的に設備等利用し、情報収集や相談をする)
  2. 部活指導(今後正式な校務への位置づけの有無による)

また財源の有効利用や教員のモチベーション・効率アップを図る現実的な対策も必要です。

ウ.給特法を廃止する代わり「職務給(加点方式)」を導入

例えば基本給の実質ベースダウン(給特法の4%分マイナス)分を、ポスト(担任、部活制顧問、主任、各委員長等)ごとに職務給(1万円程度)として支給する。

エ.部活動を正式な校務とする場合、勤務日振替えを基本とする

これまでの特殊勤務手当が正式な残業手当になれば、巨額の財源が必要になるため、例えば休日に1日勤務した場合、平日を勤務しない日に振替えれば勤務時間分の残業代はかからない。

これでも平日の残業代や部活動の振替休日完全実施のための増員分にかかる人件費の増加は避けられませんが、教員の給与ベースが下がることで世間からの批判は小さいかもしれません。

以上のことから、無意味な変形労働時間制をやめ、給特法を廃止するとともに教員の正式業務自体を精選しない限り、超過勤務が改善されることはないでしょう。

和田 慎市(わだ しんいち)私立高校講師
静岡県生まれ、東北大学理学部卒。前静岡県公立高校教頭。著書『実録・高校生事件ファイル』『いじめの正体』他。HP:先生が元気になる部屋 ブログ:わだしんの独り言