オーストリア代表紙プレッセ(11月26日付)に米プリンストン大学のハロルド・ジェームズ教授の「アンチ資本主義が時代精神」といったタイトルの論評が掲載されていた。非常に示唆に富む内容だった。
教授は、「われわれは急激な科学技術と経済変遷に直面する一方、資本主義が世界的にその魅力を失ってきているのを体験している」と述べている。
興味深い点は、アンチ資本主義は本来左派陣営から聞かれるべきだが、自由経済を標榜するネオリベラリズムとグローバリゼーションへの風当たりが強まっている時にポピュリズムの極右陣営から飛び出してきたことだ。
「ベルリンの壁」が崩壊し、世界を一時期席巻していた共産主義世界が崩れた直後からグローバリゼーションが流行語となり、自由経済への賛美が大きくなっていった。欧州連合(EU)は冷戦終焉後、2度の大規模な新規加盟を実施し、いよいよ世界の第3の経済圏を構築する、という威勢のいい声がブリュッセルから飛び出したのもその頃だった。
あれから30年余りが経過し、「グローバリゼーションは世界の貧富の格差を拡大させただけで、大多数の人々には恵みを与えなかった」という声が出てきた。
決定的な変化をもたらしたのは、2015年夏以降の中東・北アフリカからの100万人を超える難民・移民の殺到という出来事だ。
ハンガリー、ポーランド、スロバキア、チェコから難民収容の受け入れ枠の拒否が飛び出し、域内国境線の廃止で自由な人、モノの移動を推進するシェンゲン協定は停止状況に追い込まれていった。同時に、EU加盟国内でブリュッセル主導の中央集権的な政治に反対する民族主義的、主権国家論が台頭してきた。EU加盟国の首脳陣からはもはやグローバリゼーション賛美の掛け声は聞こえなくなっていった。
「ベルリンの壁」は崩壊したが、新たな壁の建設の槌音が米国・メキシコ両国間の国境線だけではなく、世界の至る所で聞こえ出した。米国ファースト、ドイツ・ファーストといったキャッチフレーズが単に政治家からだけではなく、一般の人々の会話でも囁かれ出した。
そしてここにきてアンチ資本主義が時代の寵愛を受けてきたというわけだ。グローバリゼーションは結局は貧富の格差を拡大させただけで、一部の資本家、大企業だけが利益を得た、といった声が極左、極右の両陣営から出てきたのだ。
換言すれば、世界のグローバル化では勝利者は一人であり、他は敗北者だという苦い思いだ。
グローバリゼーションを支えてきたのはコンピューターや人工知能、インターネットのIT技術の発展だった。金融世界や物質の流通もIT技術が主要な役割を果たしてきた。
ジェームズ教授は、「近い将来、銀行は消えていくだろう。銀行業務はオンラインプラットフォ―ムで代行されていくからだ」と予想している。資本主義経済の要だった銀行がそのプレゼンスを失っていくというわけだ。
人類は常に実現可能か否かは別として理想を求めていくものだ。政治分野でも同じだ。20世紀に入って出現したソ連、ユーゴ連邦、そしてEUも「多民族の統合」、「公平で平等な世界の建設」をモットーに掲げて登場した。
共産主義をバックボーンとしたソ連、ユーゴ連邦は既に解体した。EUは今、大きな存続の危機に直面している。多国間主義は後退し、民族の多様性は民族主義の挑戦を受けて苦戦を強いられてきた。
世界に13億人の信者を有するローマ・カトリック教会の最高指導者ローマ教皇フランシスコは日本訪問では核廃絶と共に、人類の多様性への理解を求めた。教皇は“民族のるつぼ”のバルカンや欧州ではなく、ほぼ単一民族から構成された日本人社会で民族の多様性への理解をアピールせざるを得なかったということは、それだけ人類の多様性が揺れてきているからだろう。
資本主義、そして共産主義が現れ、後者が姿を消すとリベラル主義とグローバリゼーションが主導権を握ったが、ここにきてアンチ資本主義、反グローバル、反リベラルの動きが出てきた。最後に笑う者が最も多く笑う、というが、誰が最後に笑うだろうか。
グローバルな風に乗って大儲けした一握りの大資本家か、それともIT革命と人工知能の時代を先駆けて切り開いた人間たちだろうか。それとも共生、共栄、利他的な世界観を掲げた新しい精神覚醒運動が生まれてくるだろうか。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年11月28日の記事に一部加筆。