ローマ教皇フランシスコの4日間の訪日(11月23~26日)は日本国民に相対的にいい印象を残して幕を閉じた。日本のローマ・カトリック教会側が懸念していた聖職者の未成年者への性的虐待問題は教皇の訪日中には飛び出さず、もっぱら核兵器全廃、社会の多様性への理解などといったテーマが教皇のメッセージとして報じられた。
前教皇べネディクト16世は外国の訪問先で聖職者の性犯罪の犠牲者と会見し、その蛮行に涙を流さざるを得なかったが、フランシスコ教皇は今回、バチカン市国の国家元首として訪ねる先々で信者や国民から尊敬され、歓迎された。
ちなみに、日本教会で聖職者の未成年者への性的虐待が過去全くなかったわけではないが、ゲストへの“おもてなし”を重視する日本側は滞在中はそのテーマを誰も言及しないように心掛けたからだ。
しかし、東京からローマへの帰途での機内記者会見ではバチカンの金融スキャンダル問題が随行記者団から飛び出した。それに対し、フランシスコ教皇は11月26日、バチカン国務省と金融情報局(AIF)の責任者が貧者のために世界から集められた献金(通称「聖ペテロ司教座への献金」)がロンドンの高級住宅地域チェルシ―で不動産購入への投資に利用されたことを認め、「今回はバチカン内部の告発で明らかになった。この種の不祥事はこれまではジャーナリストの報道で明らかになるケースが多かった。その意味で、金融管理とその透明化という改革の成果だ」と逆に自慢している。
南米出身の教皇らしい弁明だが、信者たちが貧者への目的で出した献金がロンドン市の高級住宅地の不動産投資に使用されたという事実は大きなスキャンダルだ。その事実を教皇自身が一番知っているだろう。冗談で済ませられる問題ではない。
ローマ教皇直接への献金活動は8世紀ごろイギリスで始まったという。大人だけではなく、子どもも小さなお金1ペニーを毎年教皇に献金する運動で、教皇が集まった献金を貧者救済に利用するというわけだ。その献金の一部、2億ドルが不動産の投資に利用されていたのだ。教皇は、「私は投資活動には反対ではないが、合理的な資金管理が重要だ」と述べている。2014年に投資した不動産ビジネスは最終的には赤字となっている。
フランシスコ教皇によれば、「不動産投資に関係した国務省の5人の職員は既に解任され、金融情報局のレーネ・ブルハルト局長は辞任し、その後任にカルメロ・バルバガッロ氏(イタリア中央銀行役員)が任命された」という。バチカンが事件の発覚からバチカン警察の捜査、関係者の処分と素早く対応したのは、それだけ問題が深刻だという認識があったからだろう。
米国のローマ・カトリック教会は聖職者の未成年者への性的虐待事件で、犠牲者への賠償金支払いで破産寸前に追い込まれていることはこのコラム欄でも報告した。バチカン・ニュース独語電子版が9月24日、報じたところによると、ローマ・カトリック米教会のニューヨーク州8司教区の中で、聖職者の性的虐待で犠牲者に支払う賠償金の工面に追われ、債務超過状況に陥る司教区が出てきた。賠償金総額が教会側の総資産を超えた状況で、遅かれ早かれ破産手続きに強いられるという(「『債務超過』で破産寸前に陥る米教会」2019年9月27日参考)。
米教会が犠牲者に払う賠償金は元々は信者たちの献金だ。信者たちが教会の発展、宣教活動のために支援した献金が性犯罪を犯した聖職者の賠償金支払に利用されるわけだ。
例えば、シカゴ大司教区では2000年以来、聖職者の未成年者への性的虐待問題で犠牲者に約2億ドルを支払っている。シカゴ・トリビューン紙によれば、シカゴ大司教区は来年にも更に1億5600万ドルを聖職者の性犯罪の犠牲者に支払う予定だという。信者たちが「自分の献金が間違った使い方をされている」と教会側に苦情を言ったとしても不思議ではない。
教皇の貧者救済資金への献金が不動産ビジネスの資金に利用されていた問題も同じだろう。子供まで動員して世界から集められた献金が不動産ビジネスの運用資金として利用されていたのだ。
イエスは、「カイザルのものはカイザルに、神のものは神に」と主張し、両者の違いを指摘したが、バチカンは過去、バチカン銀行(「宗教事業協会」)の不正問題が明らかになるなど、神のものをカイザルに渡してしまうケースが少なくなかった。
日本国民は世界に核廃絶を訴え、青年たちに「社会の多様性を尊敬するように」と諭すフランシスコ教皇の言動に感動すら覚えたが、フランシスコ教皇は世界各地の教会で生じた数万件の聖職者の未成年者への性的虐待犯罪の最終責任者であり、信者の献金不法使用の責任者でもある。
通常の場合、それらの犯罪行為の責任者は法の裁きを受けざるを得ない。不思議なことに、世界に約13億人の信者を抱えるローマ教皇だけは超法規的な立場を享受しているのだ。ペテロの後継者の教皇を裁くのは「最後の審判」だけだというのだろうか。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月1日の記事に一部加筆。