踊り場の日本食の海外展開

数年前、在外公館(大使館や領事館)が日本酒を紹介するプログラムを積極的に取り入れていたことがあります。過去形にしたのは今はその当時のようなキャンペーンが減ったという意味です。これは外務省/農水省が主導した日本酒や日本の農産物や食品を海外に広く普及させる一環でした。

ガイム/写真AC(編集部)

在外公館で毎年必ず開催され地元の要人が数多く参加する「天皇誕生日式典」ではホテルが提供するフードではなく、日本酒や日本食を積極的に取り入れる動きもありました。今は少なくなった気がします。

その間それでも日本酒は普及しました。海外だけで見ると10年でざっくり4倍になっています。確かに酒屋の棚を見ても日本酒の種類は数倍に増えました。価格がいまだにワインの2倍ぐらいするのが残念ですが外務省/農水省のプログラムはそれなりに効果はあったのではないでしょうか?

また、訪日外国人が経験した良き思い出を友人たちとシェアするという動きもあり、あの時食べたあれこれを土産話とともに楽しんでいることもあるでしょう。

ちなみに日本酒の輸出先は概ね45%ぐらいが東アジア各国、20%強がアメリカとなっています。東アジア各国では日本食が違和感なく普通に楽しまれていることが大きいと思います。アメリカではまだ日本酒は知識人的な感覚(=日本で昔いわれたハイカラ感(high collar))はあると思います。特に合わせるフードが自宅では作りにくいことはネックでしょう。(日本酒には西洋人の味覚的に重要な酸味がないことがひとつネックとされます。)

レセプションの立食で振舞われる寿司(Leadership Programs/flickr=編集部引用)

日本食はどうでしょうか?2015年ごろには農水省が正しい日本食の普及を目指してさまざまな仕組みを作り上げたのですが、多分失敗したと思います。このブログでも当時、これはおかしいのではないかという指摘をしたはずです。理由は料理は国境を越えてフュージョン化する傾向が強く、〇〇料理というカテゴリーや垣根がなくなる傾向が見てとれるからです。

今、海外で寿司を食べるには苦労します。かつて寿司職人として海外移住した人たちは高齢化し、店をたたむ人が増えているからです。若手の飲食従事者は起業しても20年ぐらい前に流行った居酒屋、あるいはこの10年で大きく普及したラーメン店経営が多く、良い日本酒を飲みたくなる食材にありつけないのがネックであります。(もちろん、NYあたりでお金に糸目をつけなければ別ですが、そういうところに自腹で行ける日本人はわずかでしょう。)

海外における日本食の認知は寿司、ラーメン、たこ焼きとなっているところに一つの関門がありそうです。日本人そのものも日本酒を飲まなくなり、若い人が日本酒に合う料理もなかなか食べなくなっているのですから海外に日本酒や日本食を普及させる以前の話なのかもしれません。

ニューヨークの懐石料理店(Meng He/flickr=編集部引用)

先日「ジャパンマーケット」なるイベントがバンクーバーであり、私どもも出店したのですが、フードコーナーに来る人もある程度日本のことを理解している人も多い中で焼きそばやおにぎりなど出品内容にかつてのような驚きあるわけではなく、集客的には踊り場とみています。

もう一点は海外に日本料理を普及させたいという意気込みある人が減っています。ラーメン屋1軒出すのに数千万円から億単位の資金を要します。また、ラーメン店が流行ったのは出店する側からすれば管理が楽(麺とスープはおおむね外注)で生ものの扱い量も少ないからです。

寿司屋、居酒屋を出店できるだけの調理能力を持った人が減っているのは紛れもない事実です。ちなみに「流行った」と過去形にしているのはラーメン店の淘汰がすでに始まっており、生き残れるのは半分ぐらいかもしれません。

ニューヨークの寿司店(Eden, Janine and Jim/flickr=編集部)

ならば主婦や腕自慢のご主人の料理を介してどうにか日本食を伝えていく発想もありではないかと思うのです。料理人は「素人の料理はしょせん素人」と見向きもしませんが、(主婦がレストランの味を出せない理由の一つは家の調理器具の火力が弱すぎることがあります。)皆で普及させるのはありではないかと思うのです。例えばそば打ちをする方は海外でもいます。そういう人がローカルの方と一緒にそばを打って普及させるのもありでしょう。

ところで海外のみならず日本でも案外知られていないのが「蕎麦屋で日本酒」であります。これは東京の独特な文化の一つで卵焼きや焼き物、乾きものに冷酒を2-3杯ぐっと飲んで最後、ざるそばで絞めて1時間という江戸っ子の早食い式飲み方であります。私は東京に来ると一番行きたいのがうまい蕎麦屋の日本酒であります。まさに「粋」という言葉が似あいます。まだまだ海外に普及できるものはいくらでもあるはずです。

踊り場から飛躍へ、そしてそれを普及させるためには官民が一体となって一時的なキャンペーンではなく、恒常的に努力すべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年12月1日の記事より転載させていただきました。