(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権が日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を言明しながら、期限切れの土壇場で延長へと態度を逆転させた。そのことに対して米国の有力研究機関から厳重な抗議が表明された。「韓国政府のGSOMIA延長は『暫定だ』という条件が付いており、中国を利することになる」というのだ。
つまりこの抗議は韓国の中国に対する対応の甘さへの非難でもある。こうした動きは米国側の文在寅政権への不信や批判が根深いことを象徴していると言える。
GSOMIA延長は「条件付き」
文在寅政権はGSOMIAが完全に失効する直前の11月22日、協定破棄の通告の効力を停止すると発表した。この結果、GSOMIAは同日から1年間再び延長されることになるとして、トランプ政権は韓国政府の措置を歓迎する旨を表明した。
ところが文政権はこの措置について「いつでも協定を終了できる前提の決定だ」「協定の延長は日本の態度にかかっている」とも述べ、協定延長が条件付きであり、かつ暫定的であるという趣旨の説明を付け加えた。
つまり韓国側は、日本政府が7月に始めた韓国に対する輸出管理の厳格化措置を取り下げることをGSOMIA延長の条件とするような態度を示したのである。
この点について、米国ワシントンの安全保障研究の有力シンクタンク「民主主義防衛財団」(FDD)は12月2日、「韓国の対日軍事情報協定の暫定的な延長は中国の立場を強化する危険がある」と題する報告書を公表した。
同報告書は、FDDの朝鮮半島専門家マシュー・ハー研究員らによって作成され、「韓国がGSOMIAの延長に条件を付け、なお暫定的な措置だと強調することは、『中国の膨張を抑え、アジアの米国主導の安全保障秩序を守る』という韓国の長期的な誓約への疑問を提起することになる」と明言していた。
また同報告書は、「韓国政府は日本側との貿易問題や賠償問題を解決できなければ、GSOMIAをいつでも破棄できると言明している」と指摘し、「日韓が軍事情報を共有する協定の破棄は、韓国と日本との3国安保協力の強化によっていかなる場合でも中国の軍事膨張を抑えるという米国の努力を無効にしてしまう」と警告する。
FDDは保守系のシンクタンクで、トランプ政権にも近い。このため同研究所の報告書の内容はトランプ政権の意向が直接反映された警告とも解釈される。
中国への宥和が目立つ文政権
同報告書はその他にも以下の骨子を述べて、文在寅政権への批判を明確にしていた。
・GSOMIAの破棄が中国と北朝鮮に対する米国の抑止力を弱めることは、韓国の康京和外相も認めている。とくに中国は、米国の抑止力が弱くなれば、韓国に圧力をかけて、中国の安全保障戦略に韓国を同調させる力を増すこととなる。
・文在寅政権はGOSMIA問題が起きる前から中国への宥和が目立った。たとえば米国の高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国への配備を中国に反対されたときは、「追加配備しない、米国のミサイル防衛体制に参加しない、米日韓3国同盟を作らない」という「3つのノー」を受け入れた。
・文政権が、米国と日本が連帯した「自由で開かれたインド太平洋」戦略への公式参加を拒否したことも、中国への宥和姿勢の表れである。韓国が国防大臣レベルで中国との軍事ホットラインの設置に合意したことも、対中接近の実例だと言える。
・そもそも文政権がGSOMIAを破棄しようとしたことも、日本への反発だけでなく、中国へのおもねりの要素があったと言える。文政権がGSOMIAの延長を言明しても、「暫定的」あるいは「条件付き」であれば、その実際の効用は大幅に減殺される。
米韓の間で対中認識に大きなズレ
以上のような米国側の韓国に対する批判は、トランプ政権と文政権の間で、安全保障政策面での中国や北朝鮮に対する脅威認識に関して大幅なズレがあることへの不満の表明だと言えよう。GSOMIAへの韓国の態度を米国が強硬な姿勢で非難することの背景には、文大統領の中国への認識への抗議も影を広げているというわけだ。
だが、それでもなお中国や北朝鮮の脅威への対処として米韓同盟を堅持していくというトランプ政権の基本方針は変わらない。だから当面は米韓の間で摩擦が絶えず、日本にもその波紋が及ぶことになる。