英総選挙圧勝:英国「ボリス(ジョンソン)号」の出航だ

長谷川 良

本題に入る前に、個人的なことだが、「ボリス・ジョンソン」という名前を聞けば、当方は男子プロ・テニス界でウィンブルトン大会を史上最年少の17歳の若さで制覇し、テニス界に大きな旋風を巻き起こしたドイツ人の「ボリス・ベッカー」の名前をどうしても思い出してしまうのだ。

英議会選で圧勝した保守党党首のボリス・ジョンソン首相(英保守党公式サイトから)

ジョンソン首相をTVで見る度にもうひとりのボリス(愛称)の顔が浮かんでくる。体形も何となく似てきたし、ブロンドの髪は若い時のベッカーを想起させる。こんなことを書けば、ジョンソン首相から、「俺はベッカーではない。ジョンソンだ」と大声で叱られるかもしれない(「ボリス(ジョンソン)で大丈夫か?」2019年7月25日参考)。

さて、英国で12日、議会(下院、定数650)の選挙が実施され、少数与党の保守党が単独過半数(363議席)を獲得し圧勝した。この結果、英国は来年1月末までに欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)が決定的となった。保守党を率いるボリス・ジョンソン首相は早々と「EU離脱で国民の信任を再び得た」として勝利宣言を表明した。

保守党の勝利は事前に予想されたが、過半数(326議席)を大きく超えるとは考えていなかっただけに、少し驚いた。英国では選挙戦や国民投票は予想しない方が無難だ。さもなければ、デービッド・キャメロン元首相(任期2010~16年)のような運命になってしまう。同元首相は英国のEU離脱を問う国民投票を実施した張本人だ。

キャメロン元首相は選挙公約を実施するだけだといった安易な思いでEUを離脱するか否かの国民投票を実施し、予想に反し離脱派が勝利。キャメロン元首相は首相ポストを失う結果となったことはまだ記憶に新しい。英国では選挙予想は賭け屋の仕事だ。

選挙結果をみて、「英国民はグローバリゼーションにはっきりノーと言った」と受け取る声が既に聞かれる。島国根性の表れ、といったクールな分析も出ている。はっきりした点は、ロンドンとブリュッセルの間で繰り広げられた離脱交渉にようやく終わりが見えたことだ。EU本部があるブリュッセルでは「これでブレグジット以外のテーマで27カ国の加盟国が協議できる」といった安堵の声が聞かれる。正直な感想だ。

ロンドンが「わが国はEUから出ていく」と宣言しながら、英国内の政治情勢もあってなかなかその出口がみえず、英国民ばかりか、EUの他の加盟国もイライラしてきた。だから、今回の離脱派の保守党の圧勝で「議論は決着した」という感じだろう。英議会でブリュッセルと交渉してまとめた合意案が却下され、失望するテリーザ・メイ前首相(任期2016~19年6月)の姿を何度もテレビで観てきた英国民にとっても「やっと決まったか」という感じだろう。

英国は離脱による経済的マイナスを最小限に抑えつつ、早急に国の体制を整えなければならない。「英国の要求が受け入れられない場合、合意なき離脱も辞さない」という強硬姿勢を表明し、ブリュッセルを脅迫してきた行動派のジョンソン首相は“英国ファースト”を掲げ、トランプ米大統領と“ファースト政策”で競争するかもしれない。

ちなみに、ジョンソン首相は、「EUの統合プロセスはナポレオン、ヒトラーなどが試みたものであり、それら全ては最終的には悲劇的な終わりを迎えた。EUはヒトラーと同じ目標を追求している」と英日刊紙デイリー・テレグラフで述べたことがある。

一方、英国が抜けたEUの今後はひょっとしたら英国より大変かもしれない。英国はEU内ではドイツに次いで第2番目の経済大国であり、フランスと共に軍事大国であり、核保有国だ。英国がEUに占めてきた経済実績は全体の15%、EU人口の13%だった。その大国が抜けた後はEU全体の国際社会に占める存在感、パワー、外交力は弱体せざるを得ないだろう。

メルケル独首相の政治生命に終わりが見えてきただけに、マクロン仏大統領がEUの顔役を演じることが増えてきた。同仏大統領は10月のEU首脳会談で、北マケドニアとアルバニア両国とのEU加盟交渉の見送りを主張したが、EUの実情を見れば、先の2カ国には悪いが賢明な判断だ。EU第2の経済大国・英国が抜ける一方、発展途上レベルの経済力しかない新規加盟国を募ることはEUの自殺行為ともなるからだ(「EUが『嘘をついた』ならば……」2019年11月4日参考)。

それだけではない。ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアなど東欧加盟国がブリュッセルの中央集権的やり方に強い反発をしている。難民問題では収容問題でトルコとの亀裂が表面化してきた。

EUのフォンデアライエン新欧州委員長は11日、最優先課題として2050年までに温室効果ガス排出量「実質ゼロ」の新戦略「欧州グリーンディール」を掲げたが、実現性には既に懐疑的な声が出ている。目標を実現するためには再生エネルギーの促進などで巨額の投資が必要となるが、その巨額の投資費用をどのように賄うかで加盟国間でコンセンサスがないからだ。

ブレグジット後、ブリュッセルからの圧力がなくなった英国の国民経済がのびのびと発展していくようだと、EU加盟国から“第2、第3の英国”を目指す国が出てくるかもしれない。その意味で、ジョンソン首相の政治手腕と共に、ブリュッセルの結束力が問われることになる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。