イギリスの総選挙は、ボリス・ジョンソン首相率いる保守党が大勝利し労働党が大敗北した。マーガレット・サッチャー首相が再選された1987年の総選挙以来の大差である。
選挙結果は「踏ん切り」をつけたい夫婦げんかの弾み
また、スコットランド国民党は大勝利で、イギリスは保守党一党独裁のイングランドとスコットランド一党独裁のスコットランドに分裂したような様相。自由民主党は、党首のジョー・スウィンソンが東ダンバートンシャー選挙区でスコットランド国民党の候補に149票差で敗れ落選するなど大敗。ジョンソン政権に協力してきた民主統一党 (北アイルランドのDUP)も後退して、北アイルランドも英国派に対してアイルランド派優位の傾向。
この結果は、ジョンソン首相が念願の過半数をとったという意味では大勝利だし、小泉首相の郵政選挙に似ているとも言われるが、国民がEU離脱を喜んでいるわけでもないし、ジョンソン首相が好まれているわけでもない。
いってみれば、夫婦げんかの末にはずみで離婚を発表して別居し、後悔してるものの、いまさら復縁と言ってもいろいろ難しいので、生活に不安はあるが、踏ん切りをつけたいというだけだ。
迷走を重ねたイギリス政界
そもそも、ここ数年、イギリス政界で起きたことを振り返ると、「民主主義の自殺」というにふさわしい。
ことの起こりは、キャメロン首相が、党内のEU懐疑派を黙らせるために2015年5月の総選挙でEU離脱を国民投票にかけると大見得を切った。2014年のスコットランド独立住民投票で勝利したので、調子に乗ったのだ。
ところが、2016年6月の国民投票でまさかの敗北。その原因は2015年の総選挙で敗れた労働党では、9月の党首選で極左といわれたジェレミー・コービンが当選していた。労働組合員に簡易に党首選投票資格を与えたことから有権者数が増え、組織票が動員されてまさかの勝利だった。
一般に欧州の左派政党では、穏健派や中間派はEU統合派だが、左派は懐疑派だ。そこで、コービンはEU離脱国民投票のときに国会議員のほとんどはEU離脱反対なのに積極的に動かなかった。
国民投票では、保守党内反主流派のジョンソンは、もともと離脱反対だったが、キャメロン首相を倒すためだけに離脱賛成にまわって、これも決定的な役割を果たした。
キャメロン首相は辞任し、暫定的な色彩が濃いテレサ・メイが首相となったが、これがジョンソンとコービンの妨害を排除して安定多数をとるために議会を解散したが、意外にも労働党が善戦してDTUの協力でようやく過半数となった。
ここで出てきたのが、アイルランドとの国境を開放している北アイルランド問題で、一言で言えば、メイ首相は、事実上、北アイルランドをEUに残すに等しい方向にし、次の総選挙で絶対多数をとるまでは、イギリス自体も中途半端な離脱に留めるという奇手を考え、それでEUと妥協した。
しかし、この協定案は、議会でなんども否決され、にっちもさっちもいかなくなって辞任し、ジョンソンが首相となった。
マクロンとジョンソンの利害一致、労働党の自滅
このあたりになるとEU諸国も、イギリスが国民投票をやり直して残留してくれることに一縷の望みをもっていたのが、これ以上付き合ってられないという方向に変わりだした。その主導権をとったのは、フランスのマクロン大統領だ。
もともと、フランスにとってイギリスのEU離脱は悪いことばかりでない。とくにロンドンとパリという二大都市の競争でパリが圧倒的に優位に立てるからだ。そこでマクロンは、これ以上待てないという方向に誘導して、奇しくもジョンソンと利害が一致した。
そして、イギリスの総選挙では、またもやコービンが中途半端なことをした。EU離脱反対といえばいいものを、EUとの交渉をやり直した上でできた案を国民投票にかけるというのだ。
いったい在留したいのかしたくないのか宙ぶらりんのままにしておきたいのか分からなかった。おそらく正しいやり方は、EU残留を掲げて自由民主党と選挙挙協力し、党内左派を切りすてることだったし、かつての労働党首相だったマクドナルドならそうしただろう。しかし、コービンは自分の属している左派を切り捨てられず、沈没した。
コービンは党首を辞任するだろうが、影響力は残すだろう。本来のぞましいのは、フランスのマクロンのように、労働党穏健派からスターが出て、場合によっては、自民党などと第三勢力をつくるということなのだが、そう簡単ではない。
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いずれにせよ、世論調査によれば、イギリス国民の過半数はEU離脱は間違っていたと考えている。そう分かってしても、民主主義がうまく機能しないために「ポピュリスト的地獄」に転落したのが今日のイギリスだ。
そういう日本でも民主主義はうまく機能していない。これでは、中国に民主主義はいいものだといっても説得力がない。中国の民主化を阻む最大の原因は日本の民主主義が機能不全だからだ。中国人に立憲民主党や朝日新聞の存在が日本の国益になっているか聞いたら、ほとんどが、中国のためにはなっているが、日本のためになっていないというだろう。今晩か明日にでもその点について論じたい。
八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授