なんと生ぬるいことか。
各種報道によれば、三菱UFJ銀行は入出金などの取引が2年間無かった口座に月100円、年間で1200円の口座維持手数料を課すことを検討中だそうだ。残高が1200円に満たなくなったら口座は強制解約となる。
ただでさえ預金金利が低く預金者に不満がたまっているところへ、さらに口座維持手数料をとるとなると、銀行に対する預金者の強い反発が懸念されるためこうした措置になったのだろうが、なんとも生ぬるい。
日銀の統計によれば、2019年3月末時点で国内の銀行と信用金庫合計で約9億2000万口の預金口座があり、このうち個人の預金口座が約8億9000万口ある。この統計では普通預金などの要求払い預金と定期性預金に区分した口数が分からないが、仮に半々だとすると個人の要求払い預金は4億4500万口あることになるが、これは日本の全人口1億2000万人に比べるとあまりに多すぎる。一人が複数口座を持ち、しかもそのうちのかなりの部分は不稼働口座となっていると思われる。
私も普段メインの入出金に使っている口座のほかに、地方の転勤先で給与振り込み等のために作った預金口座を複数持っているが、東京に戻って来てからはそれらはほとんど使っていない。いずれも残高は数千円だ。
銀行としては、不稼働口座といえども通帳の発行にかかる印紙税やシステム上の対応等様々な口座管理のコストがかさむので、何とかこれをなくしたいと思う気持ちはよく分かる。
しかし、報道されているような内容だと口座維持手数料を払いたくないと思う預金者は、2年のうちに1度でも入出金をすればよいのだから、この措置の対象になる口座はそれほど多くならないだろう。
マイナス金利で収益環境が厳しくなっている中で、真剣に新たな収益を確保しようというのなら、不稼働口座だからという理由ではなく、アメリカの銀行が行っているように一定額(例えば100万円)以下の残高の口座全てから口座維持手数料を取るという形にするべきだろう。ただし、「弱者に冷たい銀行」などと世間から銀行バッシングを浴びることは、覚悟しておく必要がある。
もしそこまでの覚悟がないというのであれば、やはり欧州の銀行のように大口預金者をターゲットにして口座にマイナスの預金金利を付すしかないだろう。
デンマークの大手銀行のひとつのユースケ銀行は、75万クローネ(約1200万円)以上の預金に0.75%のマイナス金利を付することを始めた。また、スイスの2大銀行のUBSとクレディ・スイスは、銀行間で内容に細かい違いはあるが、200万スイスフラン(約2億2000万円)以上の大口の預金に対して0.75%のマイナス金利を設定している。
これらの例では大口の預金だけにマイナスの金利を付しているが、これは、少額の預金にマイナス金利を付すと年金生活者など低所得層を直撃して社会的な影響が大きいことと、収益的にも大口預金を対象とすればある程度の金額が確保できるからだ。
日本の場合、前述の日銀の統計では残高1億円以上の預金の合計(銀行と信金の合計)は、個人、法人等を併せて約284兆4000億円で、これに仮に年間0.75%のマイナスの金利を付せば、銀行の受け取りは約2兆1300億円となる。
全銀協によると2018年度の銀行の業務純益は約3兆円なので、これにかなり迫る収益を追加的に上げることができる。
これを不稼働口座から口座維持手数料として年間1200円を徴収する場合と比べると、仮に個人口座の半分の4億4500万口が要求払い預金だとして、その内の例えば1割(10口に1口)の4450万口が不稼働だとしても、534億円の収益にしかならない。これに強制解約する口座の管理コスト削減のメリットを併せても大した収益貢献にはならない。
やはり銀行はマイナス金利対策としては、大口預金にマイナス金利を付すしかないのではなかろうか。
もちろんこれは口座維持手数料を取らない他の銀行へ預金が移ってしまう危険を冒した上でのことだが、銀行はこのまま座して死を待つより良いのではなかろうか。
有地 浩(ありち ひろし)株式会社日本決済情報センター顧問、人間経済科学研究所 代表パートナー(財務省OB)
岡山県倉敷市出身。東京大学法学部を経て1975年大蔵省(現、財務省)入省。その後、官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。財務省大臣官房審議官、世界銀行グループの国際金融公社東京駐在特別代表などを歴任し、2008年退官。 輸出入・港湾関連情報処理センター株式会社専務取締役、株式会社日本決済情報センター代表取締役社長を経て、2018年6月より同社顧問。著書に「フランス人の流儀」(大修館)(共著)。人間経済科学研究所サイト