石油の埋蔵量では世界一を誇るベネズエラが僅か20年で国家経済を破綻させた。チャベスとマドゥロの両大統領による企業家の利潤追求を否定して民間企業を統制しようとした社会主義革命による成れの果てである。
ベネズエラでは2008年に企業は80万社あったが、2017年にはおよそ27万社が残っただけである。50万社が消滅した。(参照:estrategiaynegocios.net)
製造業は13000社あったのが、現在2600社が存続しているだけだという。しかも、稼働率は19%で、この2年間のハイパーインフレの影響もあって深刻な景気後退にある。
この20年間で漸次経済は衰退して行ったのであるが、ベネズエラ産業連盟のアダン・セリス会長は最近の急激な景気の後退として次のような要因を挙げている。消費の下落、政情不安、資金力の低下、電気、水、燃料などの供給不足、商品の輸送手段の欠如などを挙げている。
特に後退の目立つ産業は食品、自動車、金属機械、薬品といった業界で、政府による統制経済と企業の国営化が要因としてある。国営化といっても強奪と一緒で、政府が企業を買い取るのではなく横領するのである。この影響を受けた企業は650社あるという。
例えば、ベネズエラで100年営業していた米国で生まれたケロッグ社は昨年5月15日に政府が主導して「横領」したが、今も政府は賠償金をこの企業所有者に支払っていない。というのは、同年5月初旬に同社は経済危機で会社を閉鎖すると発表した途端に今回の横領となったもの。
この企業資産は7200万ドル(77億7600万円)と評価されているが、同社が所在しているアラグア州の州知事とそこで勤務していた従業員によって占拠されて現在に至っている。稼働率は僅か15%だけで、2つのラインの商品群を市場に提供しているだけである。この企業所有者は国際裁判に訴えるとしている。不法に企業を横領した上に、しかも無許可で同社のブランドで販売しているのも違法である。(参照:infobae.com)
民間企業を政府が主導して横領したあと公的企業に変身させても生産性は伸びず、寧ろ後退しているというのをマドゥロ政権は理解したようで、今では元の所有者に戻すか、あるいは入札で民間に移行させて再建のための投資を期待しているという。
横領しておいて、その成果が出ないということで民間にまた戻そうとしていることに理解を示す企業家は殆どいないであろう。しかも、これまで買収した企業の所有者への未払い分も含め政府の未払金は総額200億ドル(2兆1600億円)に上るという。
経済指標によると、現状の政府のコントロール下にある企業体制では経済の回復する見込みはないとされている。産業界でも関係者の95%は来年の経済状態はさらに悪化すると予測している。
外貨を稼ぐことが必要で相変わらず原油の輸出に依存する経済であるが、マドゥロもそれ以外の商材での輸出に期待している。
例えば、収穫された小エビの90%はヨーロッパとアジア向けで輸出されていることにマドゥロは称賛を送っている。その昨年の輸出額は8100万ドル(87億4000万円)で、一昨年の5400万ドル(58億3000万円)を大きく上回った。それ以外にチーズ、アボガド,かんきつ類、穀物なども輸出されている。しかし、これら一連の商品は原油の輸出290億ドル(3兆1300億円)に比べれば微少である。(参照:expresa.me)
商品の国内市場は大きく後退したことによって存続している企業は輸出に視線を向けるようになっている。2017年から初めて輸出を開始した企業は140社あるという。その大半は食品の輸出である。
輸出を奨励しているマドゥロの姿をテレビで報じる為にカラカス郊外にあるチョコレート工場を訪問した。丁度、日本向けの生産を行っていたところだった。マドゥロはテレビ画面を前に「この輸出の目的やその他の輸出はユーロ、ルーブル、人民元、クリプトコインを得るためだ」と語った。
チャベス前大統領の社会主義革命の奇妙なひとつは企業の輸出を奨励しないことであった。輸出の許可を出さないか、あるいはそれを遅延させていた。
マドゥロ大統領は外貨が不足しているので輸出規制は緩めている。それでも輸出許可を出すスピードは遅いと企業家は不満を表明している。その一方で、輸出に関係した官僚は輸出業者に賄賂を要求しているのが頻繁に発生しているそうだ。
ラテンアメリカ諸国の特徴である貧富の差が極度に開いている社会で時にその差を縮めると表明して貧困層から支持を貰って政権に就いて改革をしようとする指導者が登場するが、その多くは貧困の差を縮めることなく、寧ろ私腹を肥やして政権から去っていくのが大半である。ベネズエラも近い将来マドゥロ大統領も政権から去って行くはずである。
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白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家