“稼げるスポーツ施設”に必要なジェントリフィケーションって何?

これから日本でいわゆる“稼げる施設”が建設されるためには、地方自治体がスポーツ施設建設による「ジェントリフィケーション」を理解し、施設建設をその手段として活用する投資マインドが生まれるかどうかにかかっていると思います。多分、数年後の日本のスポーツ界では「ジェントリフィケーション」がキーワードになっているはずです。

「ジェントリフィケーション」(Gentrification)とは、日本語では「中産階級化」「高級化」などと訳されるようですが、要は都市の再開発や新しい産業の発展などがきっかけとなり、それまで荒廃していた地域に経済的に豊かな層が流入して地域住民や企業の構成が変わることを言います。

今、日本スポーツ界で“稼げる施設”建設の流れをけん引しているのは、北海道日本ハムファイターズやV・ファーレン長崎、千葉ジェッツら民間企業が主導する(地方自治体が資金調達に直接的に関与しない)「民設施設」のスタジアム・アリーナ計画です。

建設予定の日本ハムの新球場(球団ニュースリリースより編集部引用)

しかし、今後全てのプロジェクトがこれらのように民間主導で建設費を全額調達できるわけはなく、税金の投入を前提にした(地方自治体が資金調達に関与する)「公設施設」において、PPP(官民パートナーシップ)が資金調達の中心的な役割を果たせるようにならないといけません。

ところが、現在そこで大きな壁になっているのが、多くの公設スポーツ施設を保有している地方自治体のスタンスです。スポーツが教育のツールとして発展してきた日本では、歴史的にスポーツ施設は国民(競技者)の心身を鍛える場として設置されてきた経緯があります。戦前は国民の体力低下を憂えた陸軍の提唱で、「総合運動場」が各地に設置されていきました。そして、戦後も国体がこの動きを踏襲してきたわけです。

要は、日本のスポーツ組織は歴史的に観戦者(顧客)を想定しておらず、事業的発想はなかったわけです。ですから、それを管理する自治体にしても金儲けのセンスなど全く求められていなかった。施設保有者としての自治体が気を使うのは、施設使用時の平等性や公平性を担保することだけでした。これが、日本に“稼げる施設”がほとんどない理由です(だから、自治体の人が悪いわけではありません)。

それが、アベノミクスでGDPを増やす必要から、それまで住民サービス(コストセンター)の拠点として運営されてきたスポーツ施設に、一転して“稼げる施設”(プロフィットセンター)として事業的センスが求められるように風向きが180度転換してしまったのです。

だから、自治体がこの動きにすぐに着いていけないのも、ある意味致し方ないと思います。100年かけて作られたDNAがたった数年で変わったりしません。ここをうまく変えていけるかが“稼げる施設”を日本で増やしていけるかどうかの大きなポイントの1つになると思います。

米国でも、日本同様に多くのスポーツ施設は地方自治体により保有されています。メジャーレベルの施設ですと、約7割の施設は税金が投入された「公設施設」で、しかも日本とは対照的にこれらは顧客体験に配慮され、高収益のプレミアムシートが多く設置された最新鋭施設で、巨額の収益を生み出しています。同じ自治体保有なのに収益性が大きく違うのは、施設保有者としての自治体のスタンスが全く違うからです。

しかも、施設のP/Lを調べてみると、実は米国でも公設施設で黒字化しているのはあまり多くないことが分かります。巨額の収益を生み出すのに、なぜ黒字にならないのか?それは、施設から生み出されるほとんど全ての事業収入がテナント(施設を利用するプロ球団など)に分配されてしまうからです。米国では、テナントと施設保有者だと、テナントの方が交渉力が強いんですね。

ではなぜ、米国では地方自治体が多額の税金を投入してまで黒字になりにくいスポーツ施設を建設するのでしょうか?それは、ジェントリフィケーションが起こるからです。

言い方を変えると、自治体は施設からの直接的な事業収入を施設建設のメリットとは考えていないのです。それより、自治体が欲しいのは、都市の再開発を成功させることで固定資産税や消費税の増収や新たな雇用の創出、住民のQOL向上、都市のブランド向上といったメリットなのです。

こうしたメリットは、ジェントリフィケーションによって新たな産業が興り、人々が集まることで賑わいが生じ、結果的に地域が活性化することで長期的にもたらされることになります。

日本には、自治体が意図的なジェントリフィケーションを狙ってスポーツ施設の建設を計画した事例はまだほとんどないはずです。ですから、前例主義の自治体にこの投資サイクルを理解してもらうには、まずは民設施設で結果を出すことがファーストステップになると思います。

ファイターズの新球場建設によって北広島市の税収が大きく伸びたり、北広島市が北海道で住みたい街ナンバーワンになるといった結果がでれば、それに興味を示し、似たような取り組みを始める自治体が出てくるはずです。1つでもそういう自治体が出てくれば、公設施設にも稼げる施設が拡大していくきっかけになるでしょう。

ところで、ジェントリフィケーションを起こすのは、もちろんスポーツ施設建設だけではありません。例えば、今(どちらかというと悪い話として)話題になっているのは、サンフランシスコで起きているジェントリフィケーションです。シリコンバレーのテック企業が業容を拡大すると高給のエンジニアなどが増え、物件価値が急騰したため、それまでの住人が家賃を払えなくなってホームレスになっているのです。日本でもニュースになっていましたが、SFでは年収約12万ドル(1400万円)でも低所得者に分類されるそうです。。。

僕も今月頭にSFに出張する機会がありました。1年ぶりくらいにSFに行きましたが、路上にはホームレスがあふれ、さながらBatmanのゴッサム・シティや北斗の拳の世界のような荒涼とした風景が広がっていました(多少大袈裟に言ってますが、雰囲気は近い感じでした)。これにはちょっとびっくりしました。

SFはもともとホームレスが多い街ですが、先日目にしたのは(最近まで普通にアパートに住んでいたと思われるような)それなりに身なりの良い人が登山用のテントなどで路上生活している光景でした。先日、60 Minutesでもホームレスが急増したシアトルの様子が取り上げられていました。シアトルもマイクロソフトの本社があったり、Amazonが最近新社屋を建てたことが話題になりましたよね。

ですから、ジェントリフィケーションは良い話だけではないのです。Amazonばかり悪い例に用いて恐縮ですが、AmazonがNYのLong Island Cityに東海岸のHQを建設することが決まった直後から、住環境の悪化を懸念する住民の反対運動が起こり、結局HQ建設は中止されてしまいました。

僕も3年前にUpstate(NY州の北の田舎)に引っ越す前はLICに住んでましたが、住人だったらあそこにAmazonが来るのは嫌だったろうなと思います。地下鉄はさらに混むでしょうし、家賃も上がるでしょうから。

と、こうした話題を半ば他人事のように聞いていたところ、先日ジェフ・ベゾスが僕のオフィスが入っているビルの向かいのアパートに引っ越してきたというニュースを知ってびっくり。なんでも、ペントハウスとその下の2階の3フロアを約8000万ドル(88億円)で購入したとか。

僕も今では「NoMad」(North of Madison Sq.の略)と呼ばれるようになったこのエリアに2006年からオフィスを構えてますけど、当時はこの一帯は問屋街で、少し雑然とした下町風情のある地域でした。それが近くにAce HotelのようなブティックホテルやEatalyのようなマーケットプレイス、多数のレストラン・バーなどができ、ここ4~5年で問屋はどんどん駆逐されていきました。オフィスの家賃も倍以上になりました。。。

ベゾスが越してきたアパートなど、長い間誰も使っていない廃墟のような無人ビルだったのを、つい数年前にリノベしてリオープンした物件です。まさにジェントリフィケーションを身をもって体験しているわけですが、オフィスの家賃がさらに高騰しないことを祈るばかりです。


編集部より:この記事は、スポーツマーケティング コンサルタント鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2019年12月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。