今回はコラム「エジル選手『ウイグル人弾圧』を批判」(2019年12月17日)の補足編だ。
サッカーの英国プレミアリーグの「アーセナルFC」に所属するメスト・エジル選手(31)は13日、中国新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル人が強制収容所に送られ、非人道的な扱いを受けていると指摘し、世界のイスラム教国に向かって、「コーランが焼かれ、モスクが閉鎖され、イスラム神学校が閉校させられ、聖職者たちが次から次へと殺され、兄弟(イスラム教徒)たちが強制的に収容施設へ送られている」(AFP通信)と説明し、「世界のイスラム教徒よ、ウイグル人を守れ」とアピールした。
自身も敬虔なイスラム教徒のエジル選手(トルコ系)はイスラム教国でウイグル人の弾圧を糾弾する声が出てこないことに失望し、今回の異例のアピールとなったが、訴えは“荒野での叫び”には終わらず、大きな反響を呼んでいる。
トルコのイスタンブール西部で20日、数千人の市民が中国共産党政権のウイグル人弾圧を糾弾するデモが行われた。デモを主催したのはトルコのイスラム教徒の非政府機関「人道支援基金」(IHH)だ。現地からの報道によると、デモ参加者は、「収容所を閉鎖せよ」と書かれたプラカードを掲げ、参加者の一部は中国の国旗を燃やしたという。
国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)は先月24日、中国共産党政権の機密文書「チャイナ・ケーブルズ」(China-Cables)を公表したが、中国当局が同国北西部にウイグル人強制収容所を設置し、ウイグル人を組織的に弾圧し、同化政策を展開している」という内容が記述されていた。中国側の主張に反し、収容所は自由意思ではなく、強制的に送られた人々で溢れ、少なくとも1年間は収容されているという。
また「国際アムネスティ」(IA)は「中国側の大規模な拘束は、同自治区で『脱過激化条例』が制定されたことが契機だった。同条例の下では、公私の場を問わず、イスラム教やウイグルの宗教や文化に関わる行為を『過激派』と見なされる。例えば、「普通でない」ひげを蓄える、全身を覆うニカブや頭を隠すヒジャブを着用する、定時の祈り、断食や禁酒、宗教や文化に関わる本や文書の所持などが「過激派」と受け取られる」と報告している。
それに対し、中国共産党政権はウイグル人強制収容所の存在を一貫として否定し、「教育センター」であり、「職業訓練所だ」と嘘ぶいてきた。
エジル選手の批判に対しては国営メディアを動員し、エジル選手の訴えを「事実に反する」と一蹴。エジル選手が所属するアーセナルFC対マンチェスター・シティFCの試合の放送(16日)を急遽中止。その理由として、「エジル選手の間違ったコメントは中国のファンと中国サッカー協会を失望させた」からだという。また、エジル選手を人気モバイルサッカーゲーム「プロ・エボリューション・サッカー」の中国語版から削除するなどの制裁に乗り出している。
エジル選手のアピールに対し、所属チーム「アーセナルFC」は「エジル選手の個人的見解であり、チームとは全く関係がない。チームは如何なる政治的発言をも認められていない」とエジル選手とは一定の距離を置いている。
一方、国際サッカー連盟(FIFA)は2021年、中国でクラブW杯を開催することになっているが、ジャンニ・インファンティ―ノ会長はエジル選手の中国批判に対しては直接言及せず、クラブW杯開催を再考する考えは全くないことを示唆している。
すなわち、所属チームもFIFAもエジル選手のウイグル人弾圧批判発言に対してはできるだけ関与しない、といった外交姿勢を貫いているわけだ。
ピッチで過去、政治的、宗教的言動をする選手が現れ、一時大きな問題となったが、現在はピッチでは選手の如何なる政治的言動も認められていない。ただし、エジル選手の今回の発言はピッチ上ではなく、SNSなどを通じての個人的発言だ。
欧米の人権蹂躙批判に対しては、中国共産党政権はこれまで「内政干渉」と反論するか、「事実ではない」と否定してきた。その一方、今回のように、中国批判をするスポーツ選手に対しては、選手の所属チーム、機構に対し政治的、経済的圧力をかけて沈黙を強いてきた。
朗報は、欧州連合(EU)欧州議会が人権や自由の擁護活動を称える「サハロフ賞」の今年の受賞者をウイグル族経済学者イリハム・トフティ氏と決定し、その授賞式が18日に行われたことだ。
トフティ氏が現在、中国で国家分裂罪に問われて服役中のため、本人に代わって娘のジェウヘルさんが出席し、賞を受け取った。ジェウヘルさんは議会で演説し、「ウイグル人には学校にも公共の場にも家の中にも自由はない。100万人以上のウイグル人が抑留されて自分たちの信仰や言葉を捨てさせられ、拷問で死んだ人もいる」と訴えている(時事通信)。
なお、ポンペオ米国務長官は7月18日、国連で演説し、ウイグル人ら数百万の強制収容について、「現代における最悪の人権危機で、まさに今世紀の汚点だ」と非難している。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。