イランのローハニ大統領は20日訪日し、安倍晋三首相と会談した。同訪問は安倍首相の6月のテヘラン訪問の返礼訪問を意味するが、イラン大統領の訪日はハタミ大統領以来19年ぶり。イランの核問題では大きな進展はなかったが、日本とイラン両国の伝統的友好関係を再確認した。会談では、日本は核合意の堅持をイラン側に要求する一方、イランは原油取引の再開など、経済関係の促進を日本側に求めた。
ところで、イランは核開発の意図がないことを主張、その度に「最高指導者ハメネイ師がイスラムの教えで大量破壊兵器の製造は禁止されているとして、その旨をファトワ(Fatwa、宗教令)で表明してきた」と説明し、相手側に理解を求めてきた。
同国のザリフ外相も5月、ツイッターで「ハメネイ師は2003年、核兵器保有禁止のファトワを出している」と述べ、テヘランが核兵器を製造する意思がないことを強調したばかりだ。最高指導者の「ファトワ」はイランが核開発の意思のないことを保証している、という論理だ。
にもかかわらず、というべきか、トランプ米大統領は2018年5月、国連安保常任理事国(米英仏ロ中)にドイツを加えた6カ国とイランの間で13年間の外交交渉の末2017年7月に締結した核合意からの離脱を表明した。トランプ米大統領曰く、「核合意は不十分であり、イランの大量破壊兵器製造をストップできない」というのだ。換言すれば、トランプ氏はハメネイ師の「ファトワ」を信じていないわけだ。
イランは今年2月、ホメイニ師の「イラン革命」から40年目を迎えた。イランはイスラム教シーア派の教えを国是としたイスラム教国であり、最高指導者は現在、ハメネイ師だ。ハメネイ師が宣布した「ファトワ」は本人が撤回しない限りに、永久に続く。ハメネイ師が死去した場合、同師が生前公布した「ファトワ」は撤回できなくなる(「イラン革命から『40年』の成熟度は」2019年2月13日参考)。
英国の作家サルマン・ラシュディ氏が1989年にイスラム教の創設者ムハマドの生涯を描いた小説「悪魔の詩」を発表したが、その内容がイスラム教を中傷誹謗しているとして、ホメイニ師は作家の死刑を宣言する「ファトワ」を表明した。ホメイニ師が亡くなった現在、その「ファトワ」は永遠に続くわけだが、欧米社会からの圧力を受けた改革派ハタミ大統領(当時)は「『ファトワ』の撤回はできないが、死刑執行の実行には関与しない」といった弁明を試みている。
話をハメネイ師の「ファトワ」に戻す。イランの核合意後も米国だけではなく、イスラエル、サウジアラビアなどの国はイランの核兵器製造の危険性を警告してきた。すなわち、ハメネイ師の「ファトワ」を信じていないのだ。
なぜ「ファトワ」を信じないのか。先ず、宗派の相違が考えられる。イスラエルはユダヤ教であり、サウジはイスラム教の中でも根本主義的なワッハーブ派だ。イランはイスラム教で少数派のシーア派。宗派が違うから、他宗派の最高指導者の「ファトワ」は宗教的にも意味がないわけだ。
第2の理由は、欧米諸国は基本的に政治と宗教を分離した国体だという点だ。イランのような聖職者支配体制ではないから、宗教指導者の命令といっても、その権限は政治世界まで及ばない。ハメネイ師の公布は政治や軍事分野にはその効力がないわけだ。
イランが欧米との交渉で「ハメネイ師がファトワで核兵器保有禁止を宣言している」と強調しても、政教分離を実施している国にとっては説得力が乏しいのだ。欧米諸国が求めるのはイラン側の具体的な非核化対策であり、国際原子力機関(IAEA)との間で締結した核合意内容を遵守することだ。
また、ハメネイ師のもとに強硬派のイラン精鋭部隊「革命防衛隊」が暗躍していることも、欧米諸国のイラン不信感を高めている。
イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張。今年に入り、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4.5%を超えるなど、核合意に違反してきた。11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始した。12月に入り、イランは23日、アラク重水炉の再稼働体制に入ってきた、といった具合だ。
イランは「ファトワ」を表明、欧米諸国は核合意の遵守を要求してきたが、両者のポジションには接点がないのだ。イラン側には核エネルギーの平和利用の権利があるから、欧米側はそれまでも「止めろ」とはいえない立場だ。
米国が核合意を破棄して以来、イランの核問題は再びジャングルの中に入り込んでしまった。このままいけば、再開されたイランの核開発は来年初めには本格的な段階を迎えるだけに、中東情勢は再び緊迫の度合いを深めることになる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年12月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。