中米エルサルバドルのナジブ・ブケレ大統領(38)が先月末に訪日したことは日本の紙面で僅かのスペースを割いただけであった。それは現地エルサルバドルでも同様であった。その後、ブケレは中国訪問のあとカタールに向かった。
一方の中国での歓迎ぶりは日本のそれとは雲泥の差。それは中国が如何にラテンアメリカでの影響力の拡大を望んでかということを如実に示すものであった。それは歓迎の豪華な演出とプロジェクトの提供などに見ることができる。このような演出は日本外交では苦手である。
日本の例えば東京新聞は安倍首相が「さまざまな分野で友好と協力の絆を一層発展させていく」と述べ、ブケレは空港や港湾整備への支援に謝意を示し「エルサルバドルは小さな国だが、常に日本にとって良きパートナーであり続けたい」と答えたことが報じられた程度であった。(参照:東京新聞)
日本の港湾整備の支援というのは2008年にラ・ウニオン港の開発整備に1億ドル(108億円)の借款供与を実施したことを意味したものである。ところが、その後の開発利用は殆ど無く、その維持費だけで年間2500万ドル(28億)の費用が発生しているという代物だ。
その後、米国はこの港を中国が経済面だけでなく軍事面でも強化しようとしていることに懸念を表明し、日本もエルサルバドル政府に軍事面での発展はさせないようにくぎを刺すという経緯のあった港である。この港が面しているフォンセカ湾はニカラグアとホンジュラスにも面しているということで、地政学的には重要な地域である。それだけに中国がラ・ウニオン港の開発に関心を示したのも一理ある。
しかし、今回のブケレの外遊でのこの港に関するコメントは一切なく、中国は6つの建設プロジェクトを「無償」で提供することをブケレに約束したのである。無償ということについて、野党は中国に騙されているのだという批判に対して、ブケレは「借款によるものではなく、寄贈で、プロジェクトのすべての建設はエルサルバドルの所有権になるものだ」と反論したほどである。
例えば、6つの建設プロジェクトというのは近代的なスタジアム、ガラス張りの国立図書館、首都の信託銀行社屋、浄水プラント、電線の地下配設などである。それをブケレが任期満了となる2024年までに完成させると中国は約束したというのである。また、リベルタ港の拡張と港湾設備の充実化も図るとしている。
(参照:laprensagrafica.com:infobae.com)
如何なる代償もなくこのような莫大な費用の掛かるインフラを提供する国など世界のどこにもない。ましてや相手は強かな中国だ。その背後には隠された取引があるはずだ。
現地紙『EL Diario de Hoy』が在エルサルバドルの米国大使館にブケレの中国訪問について尋ねたところ、トビアス・ブラドフォード公務官は「エルサルバドルが中国との合意によって、我が国の同国とのプログラムに影響を与えることになるか検証しているところだ」と回答し、また中国との合意後に被害を受けた国が数多くあることを示唆して、「エルサルバドが同じ過ちをしないように我々は助言し支援していく意向だ」とも述べたという。
また、「すべてのパートナーが同じではない。プラス面とマイナス面を詳細に検討する必要がある」と付言した。(参照:elsalvador.com)
80年間の台湾との関係を断って、ファラブンド・マルティ民族解放戦線(FMLN)のサルバドル・サンチェス・セレン大統領(当時)が中国との絆を結んだのは昨年のことであった。が、今年6月に第3政党で中道右派の「国民統合のための大連合(GANA)」のナジブ・ブケレが大統領に就任した当初は米国寄りの姿勢を表明していた。
大統領に就任する3か月前にはワシントンを訪問してヘリテージ財団での講演では、中国の民主的でない干渉を批判し、台湾との関係を復活させるか、このまま中国との関係を維持するか検討しているということを表明した。そして中国から招待を受けているが訪問する意向はないとも語った。
ところが、それから僅か3か月経過した大統領就任式の演説では「アジアの巨大な国は(エルサルバドルの)未来を代表するものだ」と表明したのであった。
10月10日は在エルサルバドルのロナルド・ジョンソン米大使がポンペオ国務長官からのメッセージとして中国の偽造外交と負債を避けるようにということをエルサルバドル政府に伝え、同月30日には西半球担当のジュリー・チャング補佐官が中国は透明性をもって動くことはなく、必要性の高いものを提供するが、その交換条件は弊害を伴うものであるということを同じく同政府に伝えた。(参照:elsalvador.com)
今回のブケレ大統領と習主席の会談では前者は同国の若者が中国のソフトウェアの企業で技術を習得し発展できることを希望したという。また両者の共同記者会見では農業、商業、投資、観光、経済協力、更にスポーツの分野などに両国の関係を深めて行くことを確認した。
勿論、エルサルバドルは一つの中国の原則を認め、中国とラテンアメリカ・カリブ諸国共同体の発展に積極的に参加することを約束した。(参照:laprensagrafica.com)
中米はグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドル、ニカラグア、パナマと繋がっているが、グアテマラとホンジュラスは現在も米国の影響力が強い。しかし、エルサルバドル、コスタリカ、パナマの3か国は台湾と断交して中国と国交を結んだ。
ニカラグアは台湾から中国そして台湾と外交を転換させた国であるが、ダニエル・オルテガの独裁政権で内戦寸前にあり発展性は乏しい。またロシアの諜報機関的な存在でもある。ニカラグア運河プロジェクトは既に消滅しかけている。
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白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家