【5日0:00:筆者より】本稿掲載後の報道で前提が変わった部分を踏まえ、補足エントリーがあります。そちらも合わせてご参照ください。
カルロス・ゴーン被告の国外逃亡を巡って、複数の仏メディアがキャロル夫人が主導し、民間警備会社の支援を受けたなどと報道した。また、外国政府の関与が疑われる中で、フランス政府はパニエリュナシェ経済・財務副大臣が苦言を述べ(ブルームバーグ)、レバノン政府も同国外務省が関与を否定したという(日経電子版)。
しかし、いまの段階で、これらの話を額面通りに受け取るようではお人好しというものだ。かの「金大中事件」の折に、韓国政府が長らく関与を否定し続けたことからしても、鵜呑みにできまい。
ゴーン被告のレバノン入国とて、少なくともレバノン政府側の内諾を得ていたからこそスムーズに行ったのではないか。フランス政府については、ルノー・日産問題を円滑に進めたい経済・財務省の立場からすれば余計なことをしてくれたというものだろうが、サルコジ元大統領が10月の来日時になぜ大使館でゴーン被告と長時間の面会をしたのか、その背景も含めて不明な点は多い。
レバノンの対外工作能力を疑問視する向きもあるが、フランスはDGSE(対外治安総局)という名だたる諜報機関を擁しており、世界各地での工作活動が時折、表面化してきた。DGSEが直接手を下さずとも、レバノン政府や民間警備会社と気脈を通じていないとは、まだ言い切れまい。
いずれにせよ看過してはならない事態だ。ゴーン被告の有罪無罪、前近代的と揶揄される日本の司法制度、メディアの推定有罪報道など人権上の問題とは別次元の話だ。
楽器ケースにゴーン被告を詰めチャーター機に乗せ、国外に脱出したとされる手際の良さ(※追記あり)。仮に奪還計画の実行犯が外国政府の工作員ではなく、日本国外の民間警備会社の雇った退役軍人などの「プロ」であったとしても非合法の工作活動を行い、我が国の主権が侵害されたことに変わりはない。
元日までのマスコミ報道で「主権侵害」の4文字を指摘するものがほとんどないのは危機感に欠け、呆れるばかりだが、日本の治安当局が世界的に大恥をかき、事はオリンピック・パラリンピックの治安対策の信用問題にもなりつつあるのではないのか。
ゴーン被告逃亡には金大中事件の時もそうだったように、日本国内の協力者の存在も取りざたされている。捜査当局がいまごろ猛チャージをかけているところで真相解明はその摘発からも進むだろうが、当面の外交的な山場は、日本国内の犯行の概要や国外犯の関与の様子が明らかになってきた段階で日本政府がどういう態度を取るかだ。
アゴラでもおなじみの鈴木馨祐外務副大臣が年末、レバノンを訪れ大統領らと会ってきたたばかりで(参照:鈴木氏の記事)、逃亡事件が起きたのは、鈴木副大臣にとっても心外この上なかろう。外務省によると、レバノンには2012〜16年だけで130億円の円借款、62億円の無償資金協力などODAの実績がある。事と次第によってはこれらを打ち切り、レバノン人の入国審査やかの国との商取引の規制の厳格化、日本国内の資産凍結などの制裁を下すことも厭わないほうがよい。
フランスに対しては、G7の国同士とはいえ、ケンカすべきところで及び腰は禁物だ。日産への経営介入を深めるのは言うに及ばず、昨年発効し、2023年まで締結中の「日仏協力ロードマップ」についても一部履行を拒否するなど、けん制するオプションはチラつかせた方が良い。
最新の報道では、日本政府首脳が1日、ブルームバーグの取材に対し、レバノン政府へゴーン被告の身柄引き渡しを求める見通しを示したという。一般的に政治報道では、「政府首脳」は官房長官のことを示唆しているが、政府として近く何らかの形で公式に態度を示すものと思われる。
世界的に注目されているだけに、みくびられるようなことがあってはならない。国内的には、昨年から保守層の支持離れが取りざたされる安倍政権。その外交手腕がいっそう問われることになる。
※追記:1月2日17:00 楽器ケースに詰め込んで移送した話はフィクションとの情報あり。ただし全体として出国に至る手口はプロのものであることに変わりはなく、本稿の主張を訂正するものではない。
※追記:1月5日0:00 本稿掲載後の報道で前提が変わった部分を踏まえた補足エントリーはこちらです。
新田 哲史 アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長
読売新聞記者、PR会社を経て2013年独立。大手から中小企業、政党、政治家の広報PRプロジェクトに参画。2015年秋、アゴラ編集長に就任。著書に『蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?』(ワニブックス)など。Twitter「@TetsuNitta」