ジョンソン英首相とトルドー・カナダ首相は9日、イランの首都テヘランの空港から8日早朝に離陸後墜落したウクライナ国際航空の旅客機が、イランのミサイルによって撃墜された可能性が高いとの見解を示した。
さらに、9日のニューヨーク・タイムズ紙(電子版)によると、米当局者の情報として「ロシア製の地対空ミサイル2発がイランの防空システムから発射された。偵察衛星が発射を探知し、さらにミサイルによる航空機撃墜を確認するイラン側の通信も傍受した」と報道した。また、同紙は撃墜の瞬間とされる映像も報じた。
筆者は、次のような観点から、イランが同機に対して地対空ミサイルを発射し、墜落に至らしめた可能性は極めて高いと考えている。
- この数時間前には、イランの米軍基地に対してイランが弾道ミサイル攻撃を実施しており、米側からこの反撃を受ける恐れがあるイランは、全土で防空態勢を最大限にまで高めていたと考えられ、その防空部隊は極度の緊張状態にあったと推測される。
- 米連邦航空局(FAA)は7日、イランによるイラク国内の米軍基地への攻撃直後に、イラン、イラク上空や一部の周辺空域を米民間機が飛行することを禁じる通知を出した。
- 離陸直後は、通常エンジンを最大出力にすることから、IRH(赤外線ホーミング)ミサイルが命中しやすい。このタイプのミサイルは、熱源であるエンジンに向かっていくので、片側のエンジンが急激に加熱したとの情報や、爆発とみられる閃光が流れるように尾を引いた後、炎に包まれたような光の固まりが飛び続ける映像は、IRH型対空ミサイルによる被弾の特徴を表している。
- 5アイズ(Five Eyes)と称されるSIGINT(通信・電波による情報活動)に関わる協定加盟国である、英国、カナダ及び米国の3か国が「イランによる撃墜」という共通の認識を示している。
1については、極度の緊張が(敵味方識別等の)判断ミスを誘発して引き金を引いてしまうというのは、戦場のような場面では間々あることである。米国が迅速に2の対応を周知徹底しようとしたのも、このような事態の発生を懸念したからであろう。
ちなみに、昨年6月に米無人機がイランに撃墜されたことを受け、すでに米連邦航空局(FAA)は米民間機によるイラン湾岸の領空とオマーン湾の上空通過を禁止するとともに、イラク上空の飛行も制限していた。
3については、湾岸戦争後のイラク上空において、反米武装勢力によるIRH方式のMANPADS(携帯SAM)攻撃により被弾した米軍輸送機が、片方のエンジンを吹き飛ばされたものの、機体は無事に着陸したというような事例もある。つまり、今回も片方のエンジンに被弾したものの機体が木っ端みじんになることもなく延焼したまま飛び続け、墜落に至ったものと推測される。この際、パイロットはエマージェンシー(緊急状態)を宣言していないと伝えられていることから、電気系統は被弾直後の爆発ですでにアウトになっていたのかも知れない。
なお、4については、イラン防空部隊のCOMINT(通信情報)や墜落前後のIMINT(映像情報)など、5アイズが共有する高度な機密情報による分析結果をもとに判断しているものと見られ、情報の信頼性は高いと評価される。
いずれにせよ、事実は今後の事故調査により明らかになると思われるが、明確な証拠が出てきたとしても、2014年7月のマレーシア航空17便撃墜事件の時のロシアや親露武装勢力のように、イラン側は米国などによるでっち上げだとして認めることはないであろう。
一方、60人を超える犠牲者を出したカナダや米国などは厳しくイランを追及するであろうし、さらなる制裁や有志連合による軍事的けん制を強めることは想像に難くなく、この地域の緊張はまだまだ続くことは間違いなさそうだ。我々は、イラン・イラク周辺はすでに戦闘地域に等しいという認識を持つべきなのかも知れない。
【編集部より追記】IRNAによると、イラン政府は11日、「人為的ミス」による撃墜を認めた。
鈴木 衛士(すずき えいじ)
1960年京都府京都市生まれ。83年に大学を卒業後、陸上自衛隊に2等陸士として入隊する。2年後に離隊するも85年に幹部候補生として航空自衛隊に再入隊。3等空尉に任官後は約30年にわたり情報幹部として航空自衛隊の各部隊や防衛省航空幕僚監部、防衛省情報本部などで勤務。防衛のみならず大規模災害や国際平和協力活動等に関わる情報の収集や分析にあたる。北朝鮮の弾道ミサイル発射事案や東日本大震災、自衛隊のイラク派遣など数々の重大事案において第一線で活躍。2015年に空将補で退官。著書に『北朝鮮は「悪」じゃない』(幻冬舎ルネッサンス)。