2020年1月15日の日経新聞朝刊で「高速取引、なお『抜け穴』探し」との記事がありました。同記事では、SBI証券のSORにおいて「PTS→東証」の順番に回送する仕組みを利用するHFT業者による先回りリスクが発生する可能性を示唆しています。
このHFT業者による先回りのリスクというものは、SORという仕組みが複数市場に跨って注文を行う手法である以上、SBI証券だけでなくあらゆるSORにおいて完全に排除することは困難であります。同記事にもある通り、他のネット証券で採用されている「分割同時発注」、「分割同時到着」においても、PTSと東証に注文が到着する時間にはずれが生じ、HFT業者はそのような時間差を利用して先回りを行うことが可能といえます。また、分割して発注したとしても、実際にPTSで約定するまでに板の状況が変化し、部分的に約定することは避けられません。この場合には、残った注文が改めて東証に回送されるので、この再回送の場面においても先回りリスクが発生し得ることとなります。
更に、両手法においては、価格だけでなく株数も含めて板情報を確認して処理することから、顧客の注文を分割した上で発注するまでに相応のタイムラグが発生し、SBI証券の「PTS→東証」の順番に回送する仕組みと比べ、注文から約定までに板が変化するリスクが高いと考えられます。特に「分割同時到着」においては、意図的にPTSへの発注を遅らせることから顕著です。
このように、SORの仕組みには一長一短があり、どのSORが優れているかというのは一概に言えるものではなく、またいずれにおいてもHFT業者の先回りリスクなるものを完全に排除することはできません。一方で、複数市場が存在している現状において、一つの市場だけに取り次ぐことは顧客のより良い約定機会を奪ってしまうことから、SORという仕組みは必要不可欠なものと考えます。PTSが気配価格を提示している銘柄の大半が、取引所の価格より良いのが現実でもあります。ですから、この問題は証券会社のSORの仕組みのみならず、我が国の市場設計をどうすべきかとの大局に立って議論すべきものなのです。
そもそも、同記事にもあるように、HFT業者はリスクフリーで先回りを行うことはできません。PTSでの約定後に東証に注文が現れない可能性がありますし、仮に回送されるとしても他のHFT業者に先を越されてしまえば戦略は成り立ちません。実際、東証の取引の5割超はHFT業者が占めていると言われており、HFT業者同士でも激しい競争が繰り広げられている現状では、決して濡れ手に粟で利益が得られるということはないはずです。同記事ではHFT業者が一般投資家を食い物にする悪の存在であるかのように描かれておりますが、一方でHFT業者は市場に流動性を供給するとともに、裁定取引により市場間の価格差を平準化するという、市場が価格発見機能を果たすに際してなくてはならない存在でもあるわけです。
現在、我が国の取引の約95%は、東証に集中しております。これは、50以上の取引施設が存在し、最大級の取引所であるNYSEやNASDAQなどでもシェアが20%未満である米国と比べて極めて異様な状況であり、健全な市場間競争による資本市場全体の発展という観点から問題があると考えます。このような寡占状態の弊害として、場口銭やマーケットデータ等のコストの高止まりや、遅い約定処理速度といった形で全ての投資家が不利益を被っており、一般投資家の「貯蓄から資産形成へ」の流れを促進するためにも、複数の取引所がサービス向上のため創意工夫を凝らし、切磋琢磨していく環境を形成することが肝要です。
まとめますと、①複数市場が存在し健全な市場間競争が行われることが我が国の資本市場の高度化、延いては「貯蓄から資産形成へ」の促進に必須である、②複数市場がある以上、SORは顧客利便性の観点で必要なサービスである、③SORではHFT業者の先回りリスクは完全には排除できない一方で、複数市場がある場合にHFT業者は不可欠な存在である、というのが本件についての私の見解です。
このような前提では、証券会社個社だけでなく、各取引所、取引参加者、当局といった様々なステークホルダーが協働して時には牽制し合う必要があり、証券会社個別のSORの仕組みのみを取り上げHFT業者の先回りリスクの可能性だけを問題視することは、「木を見て森を見ず」であり、報道機関においては、読者にしっかりと「森を見せる」ことを心がけてほしいと思います。
現在、我が国においては残念ながらリアルタイムで複数市場の取引を監視したり、米国におけるNBBO(National Best Bid and Offer)のように複数市場を参照し最良気配を公表するシステムがありません。投資家にとって重要な透明性、公正性確保に資するため、SBIグループとしてそのような監視システムを導入し、取引所やPTSと協力しながら、複数市場を跨ぐ不適切な取引を排除するとともに、投資家に対して最良価格を公表することにより、市場間競争を促進し、最良執行の精度を高めていく取組みを考えております。この取組みは、将来的に公的なプラットフォームとなり、その運営に関して証券会社も参加することも考えられます。
また、SBI証券では、これまでSORを通じて①約定価格の改善効果や②取引手数料割引といったメリットを提供しており、お客様からも高い評価をいただいています。更に2019年12月28日からは、「SOR」を初期設定としながらも注文毎に「SOR」、「東証」、「PTS」から注文市場を選択して発注することができた従来の仕様に加えて、初期設定の段階で「東証」、「SOR」を選択できるように対応しました。
SBI証券及びSBIグループは、今後も顧客便益性を高め、投資家利益を追求し続け、「顧客中心主義」を徹底すべく、様々な技術革新を取り入れながら事業展開を進めていきます。
BLOG:北尾吉孝日記
Twitter:北尾吉孝 (@yoshitaka_kitao)
facebook:北尾吉孝(SBIホールディングス)