大阪の京橋と南森町に店舗をもつ「京松蘭」は、関西のグルメサイト「KGB 」で、2019年上半期のレストラン・ランキングでベスト10の第1位に選ばれた焼肉店です。代表の福本大祐氏は筆者の小学校からの同級生で、山口県一を争う進学校に通い、高2の模試で国立有名大学はA判定が出ていたにもかかわらず、「大学には目標もなく行くのはイヤだ!」と競輪選手を目指したという異色の経歴をもちます。
先月、京松蘭が「芸能人お断り」を掲げる理由について記事を書いたところ、アゴラで12月の月間アクセスランキング1位を獲得しました!福本氏のインスタグラムには大量のメッセージが、また携帯には転送された予約の問い合わせ電話が殺到したとか。
ただ12月は忘年会などで既に予約でほとんど埋まっていたため、その8割をお断りすることになり心苦しく残念な思いもしたそうです。。
さて前回の反響を受けて、福本氏から「世間の人にどうしても知ってもらいたいことがある」と連絡がありました。
なんでも、テレビで日本のキャッシュレス化の遅れを飲食店経営者の頭の悪さのせいにしていた評論家と、「カード不可の店はありえない」と発言しているホリエモンこと堀江貴文さんに対し、反論させてほしいというのです。
日本のキャッシュレスが遅れるのは飲食店経営者のせい⁉︎
日本では昨年10月の消費増税時から、キャッシュレス推進のための消費者へのポイント還元事業が6月までの期間限定で行われていますが、キャッシュレス比率は世界の進んでいる国が40~60%であるのに対し、日本では20%以下にとどまっています(下図参照)。
この日本のキャッシュレス化の遅れについて、福本氏がテレビで見た評論家(名前はわからないようですが…)は、次のような発言を繰り返していたそうです。
飲食店の責任は重い。飲食店の社長は頭悪い人が多いから、カードをダメにしているところが多いんですよ。
飲食店の経営者はバカばっかりだから、キャッシュレス社会やグローバル社会に適応できていない。
また、福本氏が「ホリエモンも言ってた!ホリエモン好きだったのに…」というので調べてみると、2016年と少し前ではありますが、ホリエモンドットコムのブログと著書に以下のような発言が見つかりました。
美味い店なのにカード不可現金のみとか言われるとマジで萎える。
海外に行ったら100円のものでもよろこんでカード決済してくれるのに、数万円をなぜ現金で払えというのだろう。
お店の言い分は、クレジットカード会社に手数料を取られることと、振り込まれるのが遅いことか。
大手クレジットカードの手数料が高い、面倒というなら、「Square」がおすすめだ。
手数料は3・25%と格安だ。このリーダー、ローソンで1000円ほどで普通に買うことができる。
たぶんカード決済の導入が簡単でお金も殆どかからない事知らない人が多いんだよな
だいたいさ、カード支払いできない飲食店の何割かは売上の一部を帳簿に書かずに脱税してると思うよ。カード決済しちゃうとぜんぶガラス張りになるから困るんだよ。
つまり、カード不可が他国より日本で多いのは、おもに①最近のカード決済導入の簡単さを経営者が知らないためと、②一部は脱税を目的にしているから、ということだったようです。
お店が売上からカード会社に支払う「手数料の高さ」問題
これに対し福本氏は「飲食店だってキャッシュレス喜んでやりますよ!」と言い、脱税などを目的に「飲食店経営者がキャッシュレス化に抵抗している」という説に抗議します。
「釣り銭を準備するのにもわざわざ銀行に行かなきゃいけないし、銀行の両替もいまは有料になっているからそこにもお金かかるし、両替にも誰かに行ってもらうわけだから人件費がかかる。毎日のレジの締めも大変だから、楽よそれは!」
ただし福本氏は、そのためには「手数料が安い」ことが大前提になると強調していました。ここで、私たちがカード決済した時にお店がカード会社に支払う「クレジットカードの手数料の高さ」について見ていきましょう。
この問題をアゴラで繰り返し論じてきた日本決済情報センター顧問の有地浩さんによると、お店はクレジットカードの手数料として「売上代金の3.5~5%、業種によってはさらに高い手数料をカード会社に支払う」といいます。福本氏も飲食店については「4%」という水準を口にしていました。
一方、飲食店のセオリーでは、原価が売上の30%、人件費30%、家賃10%、その他諸経費20%で合計90%を占めるというのが、ひとつの目安といわれます。
京松蘭では原価に55%かけており、そこに4%も乗せられては経営者としてはたまりません。また「団体さまの高額なお会計ほどカードを使うので、手数料もすごい」と福本氏。
もちろんすべての支払いがカードであるわけじゃないとしても、仮にキャッシュレス比率が他国なみの50%、1か月の売上が1000万円の店舗があったとすると、月20万がカードの手数料でとられる計算になり、それだけあれば社員一人雇えるというのです。
ほかの国の手数料は日本と同じなの?
では、ほかの国の加盟店手数料はどのぐらいなのでしょうか?
たとえば、中国では手数料が0.5%、EUやオーストラリアでは、手数料のうち最大の部分(=カード発行会社の取り分)の上限がそれぞれ0.3%と0.8%に規制され、カナダではVISAとMasterの自主規制という形で手数料の引き下げが約束され(カード発行会社の取り分は1~2%程度)、またアメリカでも加盟店手数料は2%前後の水準といわれています。
そうなると、「3.5~5%、業種によってはさらに高い」といわれる日本の加盟店手数料は、明らかに他国より高い水準にあるといえるでしょう。それなのに「日本の飲食店経営者が無知だから」と批判されるのはフェアじゃないというわけです。
3.25%の手数料は「格安」なのか
また福本氏は「Square」のような新しい決済サービスの存在や便利さもよく知っていますが、堀江さんに同意できないのは「手数料は3・25%と格安だ」という部分でしょう。
実際、ウェブメディア新R25による昨年のインタビューでも、「現金しか使えない店はマジでなくなってほしい」「そういうところってたぶん、売上の3%くらいの決済手数料を取られるのを嫌がってるんだろうけど、(中略)そのお金をケチらないとやっていけない店という時点で、どうかと思うよ」と発言しています。
すべてのお店が堀江さんプロデュースの「WAGYUMAFIA」のように外国人をターゲットにしたハイエンドなお店なのだとしたら、そういえるのかもしれません。
でも「なるべく低価格にして、一般の人に高級和牛を食べてもらいたい」と考える京松蘭の福本氏は言います。
「質の良い和牛を目利きできる肉職人は多いが、質も良くロスもない和牛を目利きできる肉職人はなかなかいない」
こういう勝負の仕方や差別化もあるわけで、「ハイエンド」や「高付加価値」を目指さない店はなくなればいいというのは、すこし乱暴な議論ではないでしょうか。
奇しくも、いま行われている政府のキャッシュレス推進事業でも、手数料の上限が3.25%とされています(さらに国の補助も出て6月までは実質2.17%)。
ですが福本氏はこの対策は一過性で終わる恐れがあり、せっかく税金を使うならもっと店舗に還元してみるべきだったし、とにかく何らかのかたちで手数料の負担をもっと軽くしないと、日本のキャッシュレスは進まないと考えているようです。
おそらく、好きな起業家でもわかっていない決済手数料の重さを、政治家や官僚の人たちにどうやれば伝わるのだろうかという危機感があり、それも手伝って堀江さんに怒っているのだと思います。
もちろん「日本の加盟店手数料の高さ」はこれまでいろいろな所で議論されていて、経産省もキャッシュレス普及の阻害要因として、「事業者の利益率を手数料率が上回るケースの存在」「小売り利益率:1〜2%⇒売ると、赤字」などと指摘しています。
でも、今回意見を聞いた福本氏やその友人の経営者たちは、「ここは原価でめいっぱいやってるな」というお店や知り合いでそれがわかっている時は、いつもキャッシュで支払うようにしていると話してくれました。
「日本の加盟店手数料の高さ」に関する記事を読んだことがある人のうち、一体どれだけが彼らと同じような意識で日々の生活を送っているのでしょうか?
現場の事業者たちのこうした感覚が、キャッシュレス検討会に参加している人たちにもっとうまく伝わるといいなと思います。
メニューに載らないその日のおすすめ部位が出ることも!
カードは使えないけど、今のところ手数料が無料なPayPayは使える京松蘭。その日の仕入れによって「今日はミスジがいいな」などとおすすめの部位が変わってくるので、そこはぜひまかせて欲しいと福本氏はいいます。カイノミのような、メニューに載せていない部位を出すこともよくあるそうです。
ミスジ、三角バラ、リブ巻き、ウチヒラ、ヒウチ、特上ハラミ、サーロイン、イチボなどを楽しめる「庶民でも行ける和牛の店」に興味がある方、「それならカード不可でもぜんぜん大丈夫!」という方は、大阪に立ち寄る際にぜひ一度お店に足を運んでみてください。
高橋 大樹 アゴラ編集部/ライター・翻訳者
1978年生まれ、山口県下関市出身。食品・飼料用の機能性原料を製造する米国企業で勤務する傍ら、慶應義塾大学大学院商学研究科で博士課程を修了(単位取得退学)。現在はWebメディア編集、企業レポートの英訳、海外情報や論文の調査・邦訳などを行う。ツイッター「@takahash_hiroki」