文大統領よ、フッ化水素毎月3千トンの行方の説明が先だ!

高橋 克己

文大統領は7日に行った新年の演説で、日本との関係を「最も近い隣国であり、協力関係を一層未来志向的に進化させてゆく。日本が輸出規制措置を撤回すれば両国関係がより一層早く発展できる」と述べた。

KBSニュースより:編集部

いわゆる徴用工判決問題については一切触れず、日本が昨年7月に実施した韓国に対する輸出管理強化の撤回のみを主張していることを、筆者は訝しく思った。この件については演説中に次のようなコメントもある。

  • 日本の輸出規制措置に対応して、核心素材・部品・装備の国産化に企業と労働界、政府と国民が共に力を集めた。数十年間できなかったことがわずか半年で意味ある成果を出し、対日輸入に依存していた核心品目を国内生産に変えている
  • 一部品目は外国人投資誘致も成し遂げた。今年は素材・部品・装備産業競争力強化のために昨年の二倍を越える2兆1000億ウォンの予算を投資し、100大特化先導企業と100大強小企業を指定して国産化を越えてグローバル企業に成長して行くように支援する。
  • 昨年我々は米中貿易摩擦と世界景気下降の中でも輸出世界7位を守り、3年連続貿易1兆ドル、11年連続貿易黒字を記録した。・・半導体も価格が急落した中でも輸出物量が増加する底力を見せた。

徴用工判決について触れなかったのは、この問題で文政権が手詰まりになっていることの証左だろう。文政権が「韓国の責任で処理する」といわない限り、安倍政権に「国と国との約束を守れ」と一蹴されることを、文氏自身ようやく自覚したのだろうか。

他方、「輸出規制措置の撤回」要求は執拗だ。14日の日米韓外相会議でも康外相は茂木外相に同様の発言をした。だが、文大統領は演説で、日本からの「輸入に依存していた核心品目を国内生産に変え」、「半導体も・・輸出物量が増加」したと述べているではないか。だのになぜだ。

そこで、日本による輸出管理強化で韓国は困っているのか、それとも実は困っていないのか、このはっきりしない問題についてのここ半年の報道を拾ってみた。輸出管理強化にはいわゆる「ホワイト国からの除外」もあるが、本稿では3品目での強化に絞る。

Republica/Pixabayより:編集部

経産省は昨年7月1日付の「大韓民国向け輸出管理の運用の見直しについて」で、「7月4日より、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の大韓民国向け輸出及びこれらに関連する製造技術の移転について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行う」と発表した。

対象品目を、半導体に詳しい服部毅氏が昨年8月30日のマイナビニュースでこう解説している。

・フッ素の含有量が全重量の10パーセント以上のフッ化ポリイミド

・フッ化水素の含有量が全重量の30%以上含まれる物質

・レジストであって、次のいずれかに該当するもの又はそれを塗布した基板
(明細は省略するが、要するに高精細用)

その上で服部氏は、その時点で予想される3品目の個別の韓国産業への影響について概ね次のようの述べておられる。

・フッ化ポリイミド

ディスプレイに広く使用されるのはフッ素含有量10%以下で、供給企業は非該当と発表。フッ素含有量の高いものの年内消費分は確保できているといわれている。

・レジスト

主流のArFやKrFリソグラフィ向レジストは対象外。対象のナノインプリント用レジストは実用化されておらず韓国の半導体製造に影響なし。EUVレジストはSamsungの先端ロジックIC製造などに使用中で、今秋完成のEUV専用増設棟で本格的に使われる。8月8日、経産省はEUV レジストのSamsung向出荷を許可。SamsungはJSRが研究協業しているベルギーimecとのベルギーJV工場からの調達も計画。

・フッ化水素

含有量30%を超えるフッ化水素が枯渇すれば半導体製造ラインは稼働不可。8月末時点で韓国輸出が許可されておらず、日本のフッ化水素企業は2ヵ月間韓国向の売上なし。

要するに、フッ化水素とフッ素高含有ポリイミド以外はあまり問題とならないことが昨年8月末の時点で予想されていた。その後の解禁状況はどうかといえば、9月30日の日経がその「フッ化ポリイミドの韓国向け輸出許可全3品目で承認」と報じた。

記事は、韓国産業通商資源省が30日、フッ化ポリイミドの輸入を公表し、他の2品目は既に承認され、3品目全てで輸出許可が確認されたとした。また、聯合ニュースが「(許可は)レジスト3件、フッ化水素とフッ化ポリイミドは1のみ・・最先端の半導体生産に欠かせない高純度のフッ化水素は許可されていない」とした。

12月20日には産経が、「対韓輸出管理厳格化、一部見直し 半導体材料のレジスト」との見出しで、「基板に塗る感光剤レジストについて、日韓の特定の企業2社の取引に限り、同日付で許可を与える期間をこれまでの原則半年間から、最大3年間に延長した」ことを報じた。

記事には「経産省は・・個別許可申請を求め、民生用と確認できたものは輸出を許可していた。その後、日韓の特定の企業2社間のレジストの輸出入実績が6件に達し、適切に輸出管理されていると判断した。輸出する日本企業は事務手続きが緩和される」とある。

つまり、レジストについては、個別許可申請は存続するものの、許可期間を半年から最大3年に延ばすことで。輸出企業の手間を1/6に軽減したということだ。

となると焦点はフッ化水素のみということになる。9月27日の読売新聞は「8月の対韓輸出、フッ化水素ゼロ」との記事でこう報じた。

財務省が27日に発表した8月の品目別の貿易統計によると、半導体の洗浄に使うフッ化水素の韓国向けの輸出がゼロになった。・・韓国向けのフッ化水素の輸出量は今年、1ヵ月あたり2,6003,500トン台で推移していたが、7月に前月比83.7%減の479トンに落ち込んでいた。

毎月3,000トン前後輸入していたのに昨年8月以降ゼロ! ライフ3ヵ月といわれるし、文演説も「半導体も価格が急落した中でも輸出物量が増加」と述べている。ここが最大の謎だ。が、需要減で半導体の在庫が山ほどあるとの情報もある。

また、半導体ほど高純度でないディスプレイ向は容易に代替品が見つけられる(服部博士)とのことなので、かなりの部分がディスプレイ用だったかも知れぬ。が、それでも、巷間いわれる北朝鮮やイランなどの横流ししていた可能性は全く払拭されていない

そのフッ化水素で年明け早々ニュースが二つ飛び込んできた。2日の日経の「韓国、フッ化水素国産化か 高純度で大量生産と発表」と、10日の産経westの「フッ化水素の対韓輸出再開 森田化学工業、半年ぶり」との記事だ。

10日の産経は、森田化学によれば「想定以上に申請手続きに時間がかかった。今後は早めに申請するなどして継続出荷できるように努める」としつつ、「1224日に日本政府から許可を得て、1月8日に出荷した」とした。輸出先の顧客名は明かされていない。

日経は、韓国産業通商資源省が1月2日に「韓国の化学メーカーが高純度で大量生産が可能な製造技術を確立した」、「韓国の化学メーカー“ソウルブレイン”が製造工場を新設・拡充し、液体のフッ化水素の不純物を“1兆分の1”まで抑えられるようになった」としたことを報じた。

記事は「具体的な生産能力は明らかになっていないが、極めて高い純度が求められる半導体製造に使える水準といわれ、韓国の経済メディアは韓国内の需要の70~80%程度を担う規模になるとの見方を伝えている」ともしいる。

韓国生産について日経は9日にも「米デュポン、韓国で半導体材料生産 日韓対立間隙突く」との見出しで、「既存工場を増設し、“EUV露光”と呼ばれる先端半導体の製造技術に用いられる高品質な感光材を生産する。2800万ドルを投じて量産技術を確立、21年にも量産投資に踏み切る計画」と報じた。

が、先述通りEUVレジストは解禁済だ。JSRなどと競合はしようが、輸出管理強化に伴う入手難の解消という意味合いではなかろう。だが、13日のハンギョレは「結局、自分の足の甲を踏んだ安倍政権の輸出規制6ヵ月」との社説で、デュポンの件も踏まえてこう日本を腐している。

安倍政権の輸出規制は初めから誤った判断だった。輸入規制ではなく輸出規制で貿易報復をする国はほとんどない。輸出規制は自国企業にも被害を与える。一種の自傷劇だ。また。グローバルサプライチェーンまで揺さぶり、国際的な反発を買うことがあり得るため争いを拡大させるのが難しい。それなのに安倍政権は韓国経済の中心である半導体産業に脅威を与えれば韓国政府がすぐに屈服すると判断して無理強いをしたようだ。

が、この問題の本質は、文大統領演説もハンギョレ社説も全く触れていない部分にある。それはロイターが11日に報じた「米が半導体巡りオランダに圧力、中国への技術流出を阻止」なる記事と関係する。

それによれば、対象物はオランダASML社のEUV露光機。米国製部品が価格の25%以上の場合、米国は他国からの中国向ハイテク製品に関しても米国の許可取得を義務付ける。が、今回は25%以下だったので、米首脳がオランダ首相に安全保障上の観点を考慮するよう求めたという。

このEUV露光機は、軍民両用技術の輸出制限に関して国際的に協調する「ワッセナー・アレンジメント」の対象となっているものだ。そして、昨年7月に日本が韓国への3品目の輸出管理強化をした背景にもこの「ワッセナー・アレンジメント」がある。

韓国はこのことを忘れたいのかも知れぬが、日本は確と憶えている。韓国は毎月3,000トン前後を輸入していたフッ化水素をどこにどうしたのか明確に説明せよ。それなしに「輸出規制措置撤回」などと二度と口にしてはならぬ。

高橋 克己 在野の近現代史研究家
メーカー在職中は海外展開やM&Aなどを担当。台湾勤務中に日本統治時代の遺骨を納めた慰霊塔や日本人学校の移転問題に関わったのを機にライフワークとして東アジア近現代史を研究している。