高校時代、夏になると山下達郎のこのアルバムを聴いていた。ギターのカッティングの音が気持ちいい。山下達郎の声がこれまた爽快。そう、山下達郎は日本屈指のメロディ・メーカーであり、ボーカリストであり、ギター雑誌で特集が組まれるほどのギターの名手でもある。音楽への愛がほとばしっている。
山下達郎さんがNHK紅白の『AI美空ひばり』をバッサリ斬る。「一言で申し上げると冒涜です」(ハフポスト)
そんな彼の「AI美空ひばり批判」は実に爽快であり、あっぱれだった。私たちのモヤモヤを見事に表現していた。
私も、NHKスペシャル、NHK紅白歌合戦、さらには六本木ヒルズにて「AI美空ひばり」を見たが、何かこうモヤモヤしていた。技術の進歩は感じた。再現しようとしている人たちの情熱もわかる。しかし、感動がなかった。
しかも、いかにも秋元康という感じの「泣かせてやる」「感動させてやる」という強引な感動の押し売りを感じてしまった。「おひさしぶりですねえ」「あなたをみていました」というセリフにも白々しさを感じた。
美空ひばりは平成初期の数ヶ月しか生きていない。「川の流れのように」は昭和という時代の重みを感じさせたのだが、今回の曲は実に薄かった。それでも、六本木ヒルズでは拍手をし、泣いている高齢の方がいらっしゃったのは、ノスタルジーからなのか。
政権もメディアも昭和を巧妙に利用しつつ、新しい時代なるものをつくろうとしている。いかにもプロパガンダのツールにも見えてしまった。
そんな違和感、モヤモヤを日本を代表する音楽家の一人である山下達郎は斬ってくれた。痛快である。
もちろん、テクノロジーは人を豊かにする。付き合い方を感じなくてはいけない。山下達郎はこれを実に見事に表現してくれた。
この亡くなった人をAIで再現することの権利の考え方も整理しなくてはならない。バンドの再結成にも、見たいもの、見たくないものがあり、たまに論争になるが。このAIでの再現も本人や、関係者が望むのかどうか。さらには、ファンが見たいのかどうかについても議論は必要だ。
まあ、でも、AI常見陽平を望む奴はいないだろうな。AIでの再現を望まれる存在になるよう、頑張る。
編集部より:この記事は常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2020年1月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。