2019年6月4日、日産自動車の元代表取締役会長カルロス・ゴーン氏及び同元代表取締役グレッグ・ケリー氏が逮捕・起訴された金融商品取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)について、日産自動車代表取締役社長(当時)西川廣人氏に対する東京地検の不起訴処分について、告発人の東京都内在住の男性からの委任を受け、申立代理人として、検察審査会への審査申立を行っていたが、1月28日に、東京第三検察審査会から、「不起訴相当」の「議決の要旨」の通知があった。
検察審査会は、3か月ごとに審査員の半分が交代する。西川氏不起訴に対する申立を審査した東京第三検察審査会では、昨年7月末と10月末に審査員半分の交代を経て、8か月もの期間をかけるという異例の長期間の審査を行った。しかも、通常は、議決の理由はほとんど示されず、公表も行われないが、今回は、裁判所の掲示板に「議決の要旨」が貼りだされ、その内容はマスコミでも報道されている。
このような取扱いは、陸山会事件での小沢一郎氏の不起訴処分に対する審査申立てで起訴議決が出た時と同様の扱いである。また、議決の要旨には、不起訴処分を行った検察官の氏名と並んで、議決書の作成を補助した弁護士の名前も記載されている。この西川氏不起訴に対する審査申立は、不起訴処分を行った検察官から不起訴理由の説明を受け、補助弁護士から法律専門家としての意見を聞いた上で、慎重に審査を行った結果が「不起訴相当」だったということだ。
このようにして出された検察審査会の議決として、西川氏の「嫌疑不十分」を理由とする不起訴処分が「相当」とされたことは、同じ事実で起訴され、今年4月に公判が開始される予定の日産の元代表取締役グレッグ・ケリー氏と、法人として起訴された日産自動車の無罪判決がほぼ確実になったことを意味する。
「議決の要旨」によれば、理由は、以下のようなものだ。
本件においては、被疑者は開示金額以外に元会長の報酬が存在し得ると認識し得たのではないかということがうかがわれるとともに、被疑者は元会長の開示金額以外の確定した報酬が存在するとまでは認識し得なかったのではないかということもうかがわれるところである。
しかしながら、被疑者において、開示金額以外の確定した報酬が存在するという具体的な認識があったと認めることはもとより、開示金額以外に確定した報酬が存在する可能性を強く認識しながら、それでもやむを得ないとしたと認めることも困難であり、検察官がした不起訴処分には、その裁量を逸脱した不合理性を認めることはできない。
また、犯罪成立に必要とされる事実認識に関する法律解釈及びこれに基づいて必要な捜査を遂げたとした点についても、その裁量を逸脱する不合理性は認められない。
西川氏が「開示金額以外に元会長の報酬が存在し得ると認識し得たのか否か」という点について検討し、「開示金額以外の確定した報酬が存在するという具体的な認識があった」とも、「開示金額以外に確定した報酬が存在する可能性を強く認識しながら、それでもやむを得ないとした」とも認められないので、検察官が、西川氏を「嫌疑不十分」で不起訴にしたことは不合理ではないとの判断に至った、ということのようだ。
金商法違反について、検察は「役員報酬の配分の権限を有し、自分自身の報酬額も単独で決定することができたゴーン氏が、各年度の報酬額として具体的な金額を記載した書面に署名しているのだから、それによって各年度の報酬額は確定し、その支払が退任後に先送りされていただけだ」と主張している。
しかし、被疑事実は、西川氏が代表取締役社長(CEO)の地位にあった平成29年3月期及び30年3月期についての有価証券報告書虚偽記載であり、検察官が主張するように、ゴーン氏の役員報酬が、実際に支払われた金額を超える金額で「確定していた」のであれば、最高経営責任者の立場にあった西川氏が、その「報酬額の確定」を認識していないことはあり得ない。この点は、検察主張の致命的な欠陥であった。
今回の検察審査会の議決は、検察官の説明や、補助弁護士の意見も踏まえて、西川氏には、開示金額以外に「確定した報酬」が存在するという具体的な認識も、その可能性を強く認識することもなかったとの判断を示している。それは、ゴーン氏に実際に支払われた金額を超える金額の「確定した報酬」が存在しなかったことを示す決定的な事実である。
西川氏は、日産という会社の最高経営責任者CEOとして、当該年度の有価証券報告書を提出しているのであり、もし、その西川氏が具体的に認識せず、その可能性も認識していなかったような「確定した役員報酬」など存在するはずもないことは、常識で考えてもわかる話である。しかも、ゴーン氏に対して、退任に競業避止契約や顧問料等の支払をするための契約に関わっていたのは、西川氏とケリー氏であり、二人は同様な立場にある。
検察官が起訴している、ゴーン氏、ケリー氏、法人としての日産について犯罪が成立するのであれば、CEOの西川氏について、犯罪が成立しないことはあり得ない。もし、犯罪が成立するのに、不起訴にされたとすれば、検察と西川氏との間で「ヤミ司法取引」があったということになる。「ヤミ司法取引」がなく、西川氏の不起訴が正しいとすれば、ゴーン氏・ケリー氏・日産の起訴も「嫌疑不十分」で不起訴にすべきだったのであり、起訴すれば無罪になるのが当然ということになる。
いずれの方向であっても、西川氏不起訴に対する審査申立によって、2018年11月19日に検察が行ったゴーン会長の「衝撃の逮捕」が、全くデタラメであったことが明らかになるはずであった。そのような意図で西川氏不起訴に対して審査を申し出ていたものだ。(【日産西川社長に対する「不当不起訴」は検察審査会で是正を】)
そして、慎重に行われた審査の結果は、西川氏の不起訴は相当だったというものであり、その理由が公表されたことで、「ゴーン氏の未払いの確定報酬は存在していなかった」という決定的な事実が、当時の「最高経営責任者CEOの西川氏の認識」を通して明らかになった。
今回の不起訴相当議決は、今年4月に始まるとされるケリー氏と日産の公判の今後の展開に関しても決定的に重要であり、そればかりか、昨年末、ゴーン氏がレバノンに不法出国したことに関して、ゴーン氏が逃亡の理由とした「検察による逮捕の不当性」「日本の刑事司法の不正義」を判断する上でも、極めて重要な意義を持つものである。