新型肺炎報道で露呈した北の「実力」

長谷川 良

北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は29日、新型コロナウイルスによる肺炎の感染防止を「国家の存亡に関する重大な政治的問題とみなし、政治事業を強化すべきだ」と強調した。それに先立ち、北朝鮮は中国人観光客の入国を禁止し、中国経由で入国する全外国人に対しては1カ月間の隔離と医療観察措置の義務化を決めるなど、新型ウイルスの流入阻止に総力を挙げている。

新型肺炎対策で世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長と話し合う中国の習近平国家主席(2020年1月28日、WHO公式サイトから)

労働新聞の記事を読んで少し驚いた。中国武漢で発生した新型コロナウイルスの感染防止を「国家の存亡に関する重大な政治的問題」と受け取り、国民にも中国からの感染拡大を防ぐために積極的に支援するように呼び掛けているのだ。

何事も大袈裟に報道する北のメディアだが、労働新聞の論調にはこれまでにないほどの真剣さが伝わってくるのだ。穿った見方をすれば、武漢発肺炎が北朝鮮に入れば、それを治療する医薬品、器材、マスク、専門医が限られているから、短期間に北朝鮮全土に感染が広がる危険性がある。文字通り、「国家の存亡」が問われる事態が生じる。だから、「中国から絶対に感染患者を入国させるな」という叫びではないか。

核実験を過去6回行い、新たな戦略兵器として核兵器搭載可能な長距離弾頭ミサイル(エスパー米国防長官)を誇示したばかりの国が隣国・中国の大都市武漢で発生した新型コロナウイルスの感染拡大に震え上がり、国家の存亡をかけた戦いを国民に呼びかけているわけだ。

労働新聞は防疫のために治療薬の開発に向けた研究を奨励し、党指導部に積極的な支援を要請している。いまさらアピールしても遅すぎるが、分かっていても、そのように書かざるを得ないほど新型肺炎に恐怖を感じているのだろう。まるで敵の侵入を恐れているようにだ。

労働新聞は「潜伏期間にもウイルスが感染する。新型コロナウイルスの発生地である武漢市が封鎖される前までに500万人が市を離れたことが確認され、国際社会の憂慮が高まっている」と詳細に報じている。

以上、労働新聞の論調をまとめるとすれば、①新型肺炎は感染力のある疫病だ、②わが国はそれに対応できる医療水準が備わっていない、③いざとなれば、隣国の中国に救援支援を要求できるが、今回は中国が被災地だ。わが国を支援できる余裕がない、といった判断が記事の論調に反映し、「国家の存亡」論まで飛び出したというわけだろう。

韓国聯合ニュースによると、「北朝鮮は新型コロナウイルスによる肺炎の感染防止のため、検疫や衛生管理に総力を挙げている。入国者に対する検疫を強化するため、赤外線体温測定機を設置したほか、世帯別の検診も強化している」という。また、北朝鮮は中朝間の旅客列車の運行停止を決め、中朝間の航空便も運航停止になっているという。

父親の故金正日総書記から始まった先軍政治では核兵器を保有することで一応目標を達成した金正恩氏だが、もう一つの国民経済、生活の向上では国際制裁をもろに受けて、国民を一層困窮下に貶めているのが現状だろう。故金日成主席が国民に約束した「白いご飯に肉のスープを食べ、瓦の家で絹の服を着て暮らす」生活は今のところ夢の又夢といったところだ。

米韓では金正恩氏の暗殺計画が度々、メディアで話題となる。イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)の指導者アブバクル・バグダティを殺害し、イラクのバグダッドでイラン革命部隊「コッズ部隊」のクレイマニ司令官を暗殺したトランプ米政権なら、いざとなれば金正恩氏の殺害も躊躇しないだろうという趣旨だ。

しかし、新型肺炎の新型コロナウイルスの感染を恐れる労働新聞の論調をみれば、米軍の特殊部隊の派遣は必要ないかもしれない。北朝鮮は新型コロナウイルスの侵入で滅びてしまう国だ。新型肺炎は北朝鮮の国家としての実力がどのようなものかを赤裸々に示しているのだ。

金正恩氏よ、主体思想を掲げる国家が武漢の新型コロナウイルスの脅威に震え上がっているのでは余りにも惨め過ぎるではないか。国際社会の制裁下で医療設備だけではなく、食糧不足も深刻な状況の中で北の国民は忍耐の日々が続いているのだ。新型肺炎を契機に、国民の生活の向上に真剣に取り組むべき時ではないか。新型コロナウイルスが北で拡大する前に。

注・上記の労働新聞の日本語文は韓国聯合ニュースの記事(1月29日)から引用した。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。