昨日(2020年2月3日)のNHKニュースより。
香川県丸亀市で行われたハーフマラソンの男子で、小椋裕介選手がこれまでの日本記録を17秒更新する、1時間0分ちょうどの日本新記録をマークしました。 https://t.co/tK6x2vlxwl
— NHKスポーツ (@nhk_sports) February 2, 2020
ハーフマラソンの日本記録がとうとう、1時間ぴったりまで短縮された。世界記録はジョフリー・カムウォロルの58分1秒だからまだあと2分ある。フルマラソンの世界記録と日本記録の差は4分ちょっとなので、比率としては似たようなものだ。
今回のレースもまたもや厚底シューズが話題になった。小椋はハーフの自身の記録を2分ちょっと短縮したという。フルマラソンなら4分に相当する。これには本人も驚きを隠せない、という。
この「びっくり感」は厚底シューズに対する批判を後押しすることになる。本人もびっくりするような記録の飛躍は、このシューズによって達成されたものである、と。
次のように考えることもできる。薄底シューズを履いて練習してきた選手がいきなり本番で厚底に切り替えても「適応」ができず、好記録は期待できない。厚底を履きこなすための「必要な筋力、走法技術、経験や勘」があって初めて好記録につながる。F1選手が与えられたマシンやエンジンの特性を使いこなすスキルと同じようなものだ。
だから、「厚底」だけが強調されるのには違和感を覚える。記録更新の背景には、確かに厚底シューズの影響はある。しかし、得られた好結果は、そのツールを使いこなす選手とそれを指導するチームの努力と工夫の賜物である、ということを忘れてはならない。
とはいえ、日本記録、世界記録を過去のそれと比較し、ランク付けする従来の評価手法には、純粋に賛同し切れない。各時代における前提条件が異なるからだ。これまで「ゆっくりとした変化」の中で記録更新がなされてきたので、目立たなかったが、厚底シューズが「暗黙の了解」に揺さぶりをかけることになった。
誰もが厳密に比較可能だとは思っていない。だから、過去の記録が過小評価されることはなかった。当時において偉大な記録は現在でも偉大である。しかし、同時代においてここまで急激に変化してしまうとは・・・。
それでもいいと考えることもできる。記録は更新されるものだから、それが急激だからといって何が悪い、と。だからこそ「ルール」すなわち「公認のための条件の合意」が重要になってくる。
そもそもマラソンはコースの設定が重要なポイントとなる。起伏の激しいコースでは記録が出にくい。スタート地点とゴール地点の標高差のルールがあるのは当然だが、そうであるならば風が強くない、涼しい時季の、フラットなコースが好まれる。世界記録がいくつかの主要レースで出やすいのはそういう設定をして、有力選手を招待するからだ。
陸上競技はトラックであればトラックの質の問題があるし、短距離走であれば風速の問題がある。マイナスの風速で走った記録と風速+2.0で走った記録とを純粋に比較することなどできない。走幅跳や短距離はその競技場の標高も影響するという。世界陸上の東京大会(1991年)でマイク・パウエルがそれまで無敵のカール・ルイスを破って走幅跳の世界記録(8.95M)を樹立したが、それまで23年間破られなかった記録は高地でのものだった(その後約30年間、パウエルの記録は更新されていない。ロードとの比較で、これはこれで驚きだ)。
トラック競技最長の男子10000M走の世界記録はケネニサ・ベケレの26分17秒53であり、これは15年も破られていない。
条件の違いを厳密に考えたらランキングなど作ることができない。それは一定の範囲において「比較可能とのコンセンサス」があるから成り立つものである。
厚底シューズはどうやら容認される方向にあるようだ。人間は「記録」が好きだから似たような問題はこれから何度も出てくるだろう。
非公認のフルマラソン世界記録はエリウド・キプチョゲの1時間59分40秒2である。この記録はキプチョゲ本人とそのためのサポート・ランナーだけが走る特殊な環境で達成されたものである。その他、時間帯の調整や、給水サポートなど、有利な条件を意図的に作り出した上での記録ということで、国際陸上競技連盟(現在のWorld Athletics)は非公認としている。公認の条件がいろいろあるとして、「何故」そうでなければならないのか詰めて考えると面白そうだ。
仮にこのようなケースが公認の対象となった場合、大会形式のレースは大きく様変わりするだろう。純粋に駆け引きを含めた順位をめぐるレースとしての関心が高まるかもしれない。それはそれで望ましいことだと思う。
日本国内でもマラソン大会の多くが市民参加型のそれになった現在、トップ・アスリートの「競い合いの仕方」が問われている。