泥沼・後手のクルーズ船:危機管理と診療情報を考える

中村 祐輔

クルーズ船内の新型コロナウイルス感染症者は、一気に倍近くの135人となった。合計439名の検査を実施したようなので、なんと感染者の割合は被験者の30%という驚くべき高値となる。飛沫感染で広がるにしては感染者数の増加は異常だ。北京で操業を開始した企業では、空気感染を懸念して、暖房をしていないようだ。寒い北京の環境では暖房なしで働くのは厳しい。

横浜で停泊中のクルーズ船(NHKニュースより編集部引用)

テレビのコメンテーターが「寒くて風邪を引くのでは?」と言っていたが、「危機管理は最悪のケースを想定して行う」という基本的原理をわかっていないようだ。可哀そうという気持ちで、このような感染症の抑え込みはできない。日本では空気感染には否定的だが、急速に感染が広がっている実情を考えると、これも想定した対策が必要ではないのだろうか?幸いにも致死率は、当初報道されていた数字より一桁小さいようだが、船内における感染の急拡大を説明する科学的な理由の解明が必要だ。

オーストラリアのクリスマス島への隔離を「かわいそう」と言っていた人もいたが、結果としてかわいそうだったかもしれないが、もし、致死率が高かった場合、当然の措置だったと称賛されていたに違いない。本来は、クルーズ船のケースも、医療設備の確保されている場所で隔離していれば、感染をもっとコントロールできていただろうが、日本には今回のようなケースを想定した隔離施設も、隔離の根拠となる法律もないようだ。高い感染力と高い致死率を持つウイルスの出現を想定した対策に待ったなしだ。

日本では常に人権が何よりも優先される。高い感染力と高い致死率の病原体が出現した(あるいは、人工的に作成された)場合、多くの国民の命を守るために、一部の人の人権を制限する施策が不可欠だ。一人の人間の人権を守ることによって、感染した人が自由に行動すれば、それが何百人、何千人、何万人の死につながる危険性があるのだ。

結果として行き過ぎた制限であっても、危機管理の原則に従って、感染拡大抑制策を実行するのが国の責任だ。SARS、MARS共に感染力は高くなかったが、早晩、高い感染力・致死率を持ち合わせた病原菌は出現してくるだろう。それに備えた法整備、体制強化が必要だ。

大震災時の医療供給体制を考えても、診療記録の確保さえ、ほとんど手つかずだ。もし、明日、関東直下型大震災や南海トラフトにずれによる大震災と津波が起こり、停電が長引けば、診療記録の喪失は確実に起こる。東日本大震災からわれわれは何を学び取り、どんな対策を立てたのかが問われる。患者の診療情報を個人のスマートフォンでも管理しておくことは、そんなに難しいことではない。自分が自分の診療情報を持つことは、個人情報管理法の観点でも何も問題はないはずだ。

クルーズ船での薬剤供給体制も解決されていない。これを契機に、マイナンバーを健康保険証につなげ、クラウドに診療情報を置いて管理し、3重・4重認証方式によって診療機関とともに患者本人もアクセスでき、患者本人はスマートフォンにも情報を保持する、こんな状況を生み出せないものか?国会の議論を見ていても、弱い者いじめにしか見えない。何をしているのだ、この国の国会は!


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年2月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。