なぜ今、中国軍爆撃機による挑発行為は行われたのか?

鈴木 衛士

爆撃機による沖縄への模擬攻撃

防衛省統合幕僚監部の発表によると、2月9日(日)、大型機4機(2機編隊×2)が石垣島南方の太平洋上に出現し、沖縄方面に向かって飛来した。その後、同機はいずれも沖縄南方約130km付近から左に旋回し、沖縄・宮古島間の海峡上空を北上して中国大陸方面へ帰って行った。これらの飛行に対して、航空自衛隊が戦闘機をスクランブル発進し、国籍や機種などの確認をするとともに、写真撮影をするなどしてその行動を確認した。

沖縄本島と宮古島の間を通過した中国のH-6爆撃機(防衛省サイトより)

航空自衛隊のスクランブル機による目視確認の結果、この大型機は中国空軍の爆撃機H-6K×4機であった。写真撮影された2機にはいずれもKD-63「ASCM(空対地巡航ミサイル)」と見られるミサイル2基が搭載されていた。KD-63は最大射程が約200kmであり、今回の飛行経路で沖縄は完全に射程距離に入っていたことになる。つまり、この爆撃機の行動は沖縄への攻撃を模擬したオペレーション(軍事行動)であったと見るべきであり、わが国に対する明らかな挑発行為と捉えなければならない。

防衛省サイトより

このような中国軍による挑発活動は、今回が初めてではなく、空軍による同様な飛行は昨年の4月15日にも行われている。地域的にも、太平洋だけではなく、最近では日本海に中国の爆撃機が出現することもある。昨年の7月23日には、ロシアの爆撃機と共同訓練も行っている。

ただ今回の問題は、なぜ「4月には習近平国家主席が国賓として訪日する予定」であり、「武漢市を発生源とする新型肺炎がパンデミックの様相を呈してきており、中国は国家非常事態の現状」で、「日本はいち早くマスクや防護服などの支援物資を提供し、中国側はこの行為を高く評価して感謝の意を表している」というタイミングで、「中国軍によるこのような挑発行為が行われたのか」ということである。

習近平国家主席は承知しているのか

これを考えるにあたっては、まず二つの前提事項がある。それは、このオペレーションを軍の最高指揮官である習近平国家主席が「承知していたのか否か」である。これによって、この軍事的シグナルの意味合いが大きく異なってくる。

新華社サイトより

そもそも、この中国空軍のH-6Kという爆撃機は、核兵器も搭載可能な巡航ミサイルを搭載するために従来のH-6(ロシアのTu-16と同機種である)爆撃機を改修した戦略爆撃機である。米空軍でいえば、「航行の自由作戦」で南シナ海などを飛行するB-52爆撃機と同じ位置づけである。

米軍の場合は、このような戦略爆撃機がいずれかの国に対して軍事的示威行動に該当するようなオペレーションを遂行する場合には、必ず大統領の承認を得ることになっている。恐らく、中国においても、(習近平による実質的な独裁体制という組織形態などから)このような外交問題に発展する可能性のある軍事的示威行動を行う場合には、最高指揮官である習近平国家主席の承認を得ているものと考えられる。

もし、習近平氏が今回の軍事行動を承認していたとすれば、この意味は複雑である。通常で考えれば、「新型肺炎の拡大阻止のために他国の支援を必要としており」、「国賓として訪日し日本との友好関係を深めようとしている」という今のタイミングで、わが国に対してこのような挑発行為を行うことはあり得ないであろう。日本側の反発を招くことは上記を阻害する以外の何ものでもないからである。

だとすれば、考えられることとしては、習近平氏自身が「とても4月に訪日できるような状態にはない」と考えているものの、自らこれを申し出ることを良しとせず、日本国内の反発を煽り、日本側から「今回の招聘を一旦白紙に戻す」などと言い出すことを期待しているのではないかということである。

即ち、訪日の延期または中止の判断を日本側に押し付け、国内の混乱が深刻で外交に支障が来たしていることを糊塗し、内外の体面を保つとともに、日本に貸しを作っておこうと企図しているというものである。だとすれば、最近の尖閣諸島における活発な領海侵犯もこれと符合しているような気もする。

これとは逆に、習近平国家主席がこれを知らずに軍が独自にこのようなオペレーションを実行したとすれば、これは少し事態が深刻である。というのも、「習近平氏の権威が弱まってきている」ことの徴候と捉えられるからである。今回のような挑発行為を繰り返すことによって日本が強く反発し、訪日がご破算になって関係が悪化したとしても、それはそれで良しと軍首脳部が考えている可能性があるからである。

同時に、現在の新型肺炎による国内の混乱も、人民解放軍には何の影響も与えていないということを誇示しているようにも受け止められる。つまり、習近平国家主席による軍の統制に緩みが生じてきているということになる。

(中国共産)党と(人民解放)軍の関係に亀裂か

筆者は、どうも後者ではないかという気がしている。というのも、今回この空軍による挑発行動は、台湾にも向けられていたからである。

報道によると、今回の事案の翌10日(月)に、台湾海峡上空を示威行動と思われる目的で飛行していた中国軍爆撃機の援護戦闘(エスコート)機が、(昨年8月に続いて2回目となる)台湾海峡上空の中間線を越境した。台湾海峡中間線の越境は、中台の暗黙の合意で、第三次台湾海峡危機(1996年)以降ほぼ守られてきたものであったが、昨年3月31日に中国軍の戦闘機がこれを破って10分間にわたり台湾側に侵入したのである。

台湾側空域に侵入したとされる中国軍機(NHKニュースより)

そして、本年もこのようなタイミングで昨年に引き続きこのような軍事挑発が行われた。今回この中国空軍の戦闘機に対して、台湾空軍は昨年と同様にF-16戦闘機を緊急発進させるとともに、全軍が臨戦態勢に入った。

これら一連の中国による行動の最大の問題点は、現在国内が感染症の拡大によって非常事態となり、国家の機能が弱体化している時に、その人民の支えとなるべき軍隊があろうことか隣接する国家と軍事的緊張状態を高めるような軍事的挑発行動を行うというアンビバレンツなその態様にある。まさに、これこそが現在の(中国共産)党と(人民解放)軍との乖離を印象付けるものとなっているのである。

いずれにせよ、我々は今後の中国の行動を注視しておく必要があろう。今回の中国軍の挑発行為に対して、(意図しているかいないかはともかく)政府が抗議するような動きは伝えられていない。確かに、現時点では静観しておいた方がいいのかも知れない。過剰なリアクションは相手(人民解放軍)の思う壺にはまる可能性があるからだ。

一方で、わが国のメディアは今回の事態をもっと内外に広く伝え、中国軍の武断的な行動を糾弾するべきではないのか。今回の新型肺炎による非常事態をきっかけに、「中国の内部で何かが崩れ始めていないか」、「人民解放軍が独走して危険な方向に進んではいないか」、これらを問うことこそが報道の使命であると思えるのだが。