ラテンアメリカで軍事面の影響力拡大を狙うロシアの野望

中国がラテンアメリカで躍進しているのを前に、ロシアもそれに負けまいとして対ラテンアメリカへの戦略を練っている。中国が商いやインフラ開発整備といった形でラテンアメリカの各国政府と密着な関係を築いているのに対し、プーチン大統領のロシアは軍事面で各国との関係強化に動いている。

ロシアのラブロフ外相とプーチン大統領(ロシア大統領府サイトより)

ラブロフ外相は「ラテンアメリカでは地域の争乱が常にあるという状況においてロシアが必要とされている」と述べている。ラブロフの発言は、それは特に兵器の装備という意味で米国からの購入が容易ではない国には、それに代わってロシアからそれを手に入れるということを意味するものだ。或いは、優先的にロシアと軍事協定を結んでいる国もある。

ロシアは現在ラテンアメリカの8か国と軍事協定を結んでいる。ベネズエラ、キューバ、ニカラグア、ボリビア、アルゼンチン、ブラジル、ペルー、チリの8か国である。
(参照:alnavio.com

だれが政権を担おうともそれに影響されることなくラテンアメリカで影響力を発揮させたいと望んでいるのがプーチン大統領である。その意味でつい最近のボリビアでの政変でも、プーチンは亡命した親ロのエボ・モラレス大統領に拘ることなく、「ボリビアで誰が政権に就こうともロシアとの関係伸展に関心を持ってくれることを願う。ボリビアの国民の支持による正当なる政権と協力して行く用意がある」と表明したのである。

ラブロフ外相も今月27日のタス通信とのインタビューの中で、「ラテンアメリカはロシア外交の価値ある部分を占めており、世界の秩序が多極化となっていることにおいて重要な要素となっている」「地政学上の関心というプリズムを通してあの地域を見るのではなく、また相互の紛争の舞台になることを望んでいるのではない」と語った上で、「このようなフィロソフィーのお陰で広い分野でしかも多様の形でもって成果のある協力を確かなものにすることができている」と述べた。

例えば、マドゥロ政権とは軍事とその技術協力の合意を結んだ。ということから、ロシアの軍人が頻繁にベネズエラを訪れて、またロシア海軍がベネズエラの領海で軍事演習をすることもできるようになった。

同様に、12月初旬にはニカラグアのデニス・モンカダ外相が軍事と技術協力の協議でロシアを訪問した。

現在のロシアはこれまでのベネズエラ、キューバ、ニカラグアの3極を軸にした外交からさらにラテンアメリカ全域にロシアの影響力を発揮させたいというのが野望である。
(参照:alnavio.com

その意味でロシアが関係強化の拡大に動いていたのがペルー、ブラジル、チリであった。先ず、チリとは2004年に武器と軍事技術協力の合意が結ばれている。ピノチェー将軍のあとも二人の右派系の大統領が続いた後、2000年に左派のリカルド・ラゴが大統領に就任してからロシアとの関係が強化されたという背景があった。(参照:emol.com

ペルーは現在ロシアにとって非常に重要な国となっている。ロシアの軍事用ヘリコプターMi-35MとMi-171Shの重要な輸入国となっている。そしてペルーがラテンアメリカにおけるそれらの部品供給のキーステーションとなっている。

ブラジルはルセフ元大統領の政権時に米国が彼女の会話を盗聴していたという問題が明るみになってから米国のF-18の購入を控えるという出来事もあった。そこから軍事面でロシアとの関係がより強化された。テメル前大統領の政権時もロシアと武器、軍事技術更に原子力という面での協力が確認された。ところが、ボルソナロが大統領に就任してから米国寄りに方向転換し、NATO非加盟の主要同盟国と位置づけされるようになって米国から最新の兵器も購入できるようになった。ということで、ロシアはブラジルとの軍事面での関係は後退を余儀なくさせられている。(参照:hispantv.comhispantv.com

ボルソナロが親米になったのに対し、その逆の場合がアルゼンチンで起きた。マクリ前大統領が再選で敗れアルベルト・フェルナンデスが今月大統領に就任するやロシアとの関係の復活に動いたのである。マクリは米国から最新の武器を購入できるまでになったが、これが意味をなさないものになった。ロシアはアルゼンチンに戦闘用のヘリコプターのオファーに動いていることが現地紙『ambito』(12月18日付)にて明らかにされた。
(参照:ambito.com

アルベルト・フェルナンデスの大統領就任式の後も早速ロシアとの関係修復に動いたことも明らかになっている。それは副大統領に就任したクリスチーナ・フェルナンデスが大統領だった時にロシアそして中国と強いパイプを持っていたことの復活を意味するものである。その影響で、今後の米国のアルゼンチンとの関係は振出しに戻ったことになる。
(参照:ambito.com

クリスチーナ・フェルナンデスは大統領就任中は偏執狂にでもかかったかのように米国を徹底して敬遠して一度も米国を訪問しなかった。これはアルゼンチンの大統領として異例であった。