新型肺炎蔓延が改めて浮き彫りにする、中国の東南アジア侵食

高橋 克己

RFA(ラジオフリーアジア)が、今回の新型肺炎が東南アジア各国に与えている深刻な影響を報じている。RFAは保守系のハドソン研究所と同じケネス・ウェインステイン氏の運営とされる米政府系の報道機関とみられるだけに、中国による各国への侵食ぶりを読む者に改めて考えさせる内容だ。

2月13日に報じたのは、「コロナウイルスはバングラデシュの中国支援プロジェクトに影響を与える」とのダッカからの記事。概要は以下のようだ。以下、太字は筆者

バングラデシュの保健当局は13日、自国の建設労働者4人がシンガポールでウイルスと診断されたと発表した。また、イスマイル建設大臣はウイルスの状況が改善されないと、11億ドルを注ぎ込んだ(中国企業が建設する)全長3.8マイルの「パドマ橋」の建設プロジェクトに影響が出ると述べた。

パドマ橋(2019年2月撮影、Wikipedia)

同国の巨大プロジェクトの多くは中国と中国人労働者に大きく依存しているが、当局者によれば、「(春節で帰国した)中国人の技術者と労働者は、(新型肺炎の)流行のために北京が課した旅行制限の結果として、バングラデシュに戻ることを妨げられている」とのこと。

イスマイル氏は、「1,000人の中国人技術者と建設作業員として雇用されていて、そのうち約250人が中国に帰った」(「332人が帰国し、うち33人だけが戻った」と話す関係者もいる)とし、「北京から建設資材がタイムリーに到着するかどうか懸念される」とも付け加えた。

在ダッカの李中国大使は、「8千人の中国人が同国で働いており、その約3分の2が春節で帰国した」と述べた。アナリストは「(両国間には」年120億ドルの貿易があり、北京にとって有利な不均衡になっている」とし、ウイルスは「より大きな経済的影響」をもたらす可能性があると述べる。

次は未だ感染者がゼロとされるインドネシアの記事。20日にジャカルタから「ウイルスでインドネシアの中国支援インフラプロジェクトが混乱」との記事が配信された。それによれば「少なくとも中国が支援する2つのインフラプロジェクト」が中断された。

「何千人もの中国人が首都ジャカルタとバンドンを結ぶ高速鉄道と北スマトラ州の水力発電プロジェクトを建設して」いるが、「中国発着の航空便が禁止された結果、旧正月を祝うため中国に帰った多くの中国人労働者がインドネシアに戻れなくなった」ためという。

インドネシア高速鉄道計画(Wikipedia)

「鉄道を建設するコンソーシアムKCICは、2,000人の中国人のうち約300人が不在なうえ、一部の資材が出荷されていないため、建設目標を達成できないと予想」され、KCIC幹部は「問題は、中国に戻った者の多くが上級レベルであり、これが意思決定に影響を与えている」とする。

資材については「パイプ、防水材、信号機器など、使用される材料のほぼ50%が中国製であり、一部のメーカーは生産を再開していない」とし、「コンクリート、鉄などは当地で入手できるが、補助材料がなければ、建設は中断される」と同じKCIC幹部は述べる。

ジョコ大統領は「昨年の再選に先立って、70を超える鉄道、港、橋のネットワークを構築するための推定1兆ドル以上の中国の投資を受け入れ」ており、「60億ドルの高速鉄道」も「北京のOne Belt、One Road(一帯一路)の主力プロジェクト」と述べたとする。

北スマトラの水力発電プロジェクトでも「中国人労働者がいないため水力発電所の建設が中断されており、2022年の完了目標日を逸する可能性があると、北スマトラ水力会社(NSHE)の上級顧問」が述べている。NSHEは中国のZhe Fu Holdingグループが過半数の持分を所有している。

NSHEは「510メガワットの水力発電ダムを建設」するプロジェクトで、「従業員1,200人のうち120人以上が中国人である、と同上級顧問は今週初めに地元メディアに語った。建設地は「1939年に発見されたタパヌリオランウータンの唯一の生息地」にあるとのこと。

同発電所の建設が、「最近、国際自然保護連合によって絶滅危惧種としてリストされたタパヌリオランウータン800匹の生息地を分割し、絶滅の危険性を高める」ため、環境保護団体と科学者らは政府にプロジェクトを廃止するよう呼び掛けているという。

中央スラウェシ州の工業団地には「28,000人のインドネシア人を雇用している中国の所有会社PT Indonesia Morowali Industrial Parkがあり、生産は会社が実施した検疫中も継続された」。そこの3,000人の中国人従業員は、検疫の結果ウイルスに感染していなかったと同社の広報が述べた。

最後はメコン川の記事。20日のRFAはメコン上流に中国が建設したダムの影響によるとされる旱魃のせいで、その漁業や農業が毀損された同川下流各国を含めたASEANのカウンターパートと、中国の王毅外相がラオスのビエンチャンで会談した時の様子を報じた。

メコン川(Wikipedia)

記事は、王毅外相が「これまでの大発生に対する中国の対応について詳細を述べ、流行が衰え始めているかも知れないことを示した」とのAP電を報じた。出席した「ASEANの閣僚の何人かは、とりわけ各国がウイルス検査キットを開発するための情報を共有する中国の取り組みを称賛した」とも。

王毅外相は「この病気が中国とASEANの密接な経済にとって良くないと認め」、「中国とASEAN諸国間の経済協力に打撃を与えたかも知れないが、影響は克服され補われる可能性がある」とし、「中国経済には強力な推進力と回復力があり、長期的なプラスの軌道はそのまま維持される」と述べた。

インドネシアのレトノ外相は「COVID19の発生は国境のない世界的な課題」とし、「ASEANと中国の情報交換は不可欠」で、「COVID19などの風土病の流行危機に対処するASEANと中国の体制は保健大臣共同タスクフォースを設立することにより強化されなければならない」と会議後に述べた。

フィリピンのロクシン外務長官は「この公衆衛生の危機を克服している中国に対する信頼を表明し、ドゥテルテ大統領から習近平国家主席への同国の連帯と支援を伝える書簡を渡した」とした。

他方、「ベトナムのミン外相がCOVID19の16症例を報告してウイルスの拡散を防ぐための中国との国境封鎖を擁護」し、「中国人が(ウイルスの)発生前と同じ条件でベトナムに入国できるようにするという王の要求を拒否した」とのベトナム紙の報道を報じた。

ベトナムは先月、流行への対応として中国への往復のフライトと中国人観光客向けのビザを一時停止し、両国間の非公式の道路と通路を一時的に閉鎖した。中国経由でベトナムに入国するすべての旅行者も14日間隔離する必要があるとしている。

これについてベトナム外務省副広報官は、「COVID19の拡散を防止および制御するために、ベトナムと中国の政府は両国間の輸送で緊密に協力している」とし、「ドアを閉めたり、経済、貿易、交換活動に悪影響を与えたりするのでなく、COVID19を制御することを目的として措置が取られた」と述べた。

続いて王毅外相は北京が支援するグループLMC(Lancang-Mekong Cooperation)の会議に参加した。王毅外相は会議で、「中国がLancangと呼ぶメコン川のダムが、川が流れる5ヵ国の経済を変えて、長期インフレと中国依存とを助長する」とする重要な経済報告に応えて発言した。

中国が建設した「11ヵ所のダム」が「カンボジア、ラオス、タイ、ベトナムで深刻な被害を受けた農業と漁業の旱魃の原因だ」との非難に対し、王毅外相は「旱魃は主に雨不足が原因であり、中国もそれを経験している」とし、「中国はランカン川からの水の流出を増加させた」と語ったとする。

記事は以上の3本。チベット高原に源流を発し南シナ海に注ぐ全長4000kmにも及ぶメコン川は、その流域に6000万人を抱えている。その上流に中国は11のダムを持つが、環境保護団体や流域の人々はこれらが川の水位の記録的な低下を生じさせていると難じる。

上流域に位置するラオスも「アジアのバッテリー」を目指し、現在、メコン川の主な支流で水力発電所を44ヵ所も稼働中なうえ、さらに46ヵ所を建設中という。その多くの建設に中国企業が絡んでいることは言うまでもない。

過度な中国依存を懸念しつつも、いつの間にか深みに嵌ってしまった各国の様子に改めて戦慄する。普通の中国の人々には降って湧いたような今回の感染蔓延だが、この災禍こそ、世界各国が中国抜きの自国の経済・社会構造を真剣に考える奇貨とすべきだろう。