イラン発新型肺炎の予想外の波紋

中国湖北省武漢発の新型肺炎は中国ばかりか、韓国、日本、そして欧州にも拡大してきたが、イタリアと共にイランが新型肺炎の感染拠点となってきた。イタリアの場合、欧州でもいち早く中国からの旅行者をストップさせるなど対応に乗り出したが、第3国経由でイタリアに入る新型コロナウイルスの感染対策が遅れたこともあって、潜伏期間が過ぎた肺炎ウイルスがここにきて大暴れを始めたといった感じだ。

イランのロウハ二大統領と会談するオーストリアのシャレンベルク外相(2020年2月23日、オーストリア外務省公式サイトから)

今回はイラン発新型肺炎の拡大について報告する。27日現在、245人が感染確認され、死亡者は26人だ。死者数では中国に次いで多い。核開発問題で米国らの厳しい制裁を受けているイランでは外貨獲得源の原油輸出が止まる一方、医療品の不足が深刻となっている。

イランの場合、国民だけではなく、政府関係者に感染確認者が出ている。同国保健省のイラジ・ハリルチ次官は24日、記者会見では汗を拭きながら会見していた。同次官の体調が悪いことは誰の目にも明らかだった。その直後、同次官の感染が確認された。同記者会見に参加したメディア関係者への感染も懸念され出している。

それだけではない。27日には同国のエブテカール副大統領(女性・家族問題担当)の感染が確認された、というニュースが入ってきた。イランでは中国では見られなかった現象だが、副大統領、次官といった政府高官に新型感染が広がっているのだ。ウイルスは人を選ばない。社会的地位、学歴などとは関係なく、その毒牙をちらつかせ、チャンスがあれば侵入する。

国連安保保障理事会は20日付で新型コロナウイルス対策の一貫として、医療不足が深刻な北朝鮮への医療支援を制裁外とする例外措置を認めたが、イランに対しても同様の対応が必要だ。対イラン制裁の一部緩和を即実施すべきだ。

ところで、オーストリア外務省は今、頭を痛めている。問題は、同国のアレクサンダー・シャレンベルク外相のイラン訪問後に飛び出してきた。イランの保健省次官の感染が明らかになる直前、シャレンベルク外相はテヘランを訪問し、23日にロウハ二大統領やザリフ外相らと会見している。

ロウハ二大統領は新型感染問題でハリルチ保健省次官やエブテカール副大統領らとの閣僚会議をしただろうから、ロウハ二大統領が彼らから感染している可能性が考えられる。ロウハ二大統領は同国最高指導者ハメネイ師とも話し合ったはずだ。ハメネイ師まで感染が広がっているかもしれない。イランの政府関係者は高齢者が多く、何らかの持病を抱えている場合が少なくないから、感染を軽くみていたら命とりとなる。

オーストリアにとって問題は、シャレンベルク外相がイランの政府関係者から感染した場合だ。オーストリア日刊紙エステライヒは28日、同外相に随伴した記者団の中で1人のジャーナリストが新型肺炎の感染の疑いで隔離されていると報じている。クルツ首相は、「外相も他の国民と同様、早急に検査を受けるべきだ」と忠告したという。

シャレンベルク外相の場合、感染したとしても、そのウイルスは現在は潜伏期間中だから、最低でも2週間は隔離されなければならない。その結果、オーストリアの外交は支障をきたすことになる。

シャレンベルク外相の新型肺炎感染の懸念が報じられると、「欧米諸国が核開発問題で制裁下にあるイラン訪問を避けている時、なぜオーストリアの政治家は好んでイランを訪問するのか」といった素朴な疑問がでている。

実際、オーストリアは2018年7月、ロウハ二大統領の公式訪問を歓迎するなど、欧州連合(EU)加盟国の中で独自の対イラン外交を展開させてきた。その独自外交が中立国オーストリアの調停外交だとこれまで言われてきたものだ。

ちなみに、シャレンベルク外相の父親は外務省事務局長を務めた有名な外交官だった。外相になることが夢だったが、その機会なく退職した。その息子がクルツ政権で外相に選出されたことが伝わると、父親は自分の夢を果たしてくれたといわんばかりに喜んだ、といわれている。

父親の期待を背負ってシャレンベルク外相は就任以来、世界を飛び歩き、オーストリア外交をアピールしてきた。テヘラン訪問はその一環だったが、やはりタイミングが悪かった。新型肺炎のウイルスの洗礼を受けたかもしれないのだ。

注:オーストリア外務省が28日明らかにしたところによると、シャレンベルク外相は新型肺炎のウイルス検査を受けたが、結果は陰性だった。そのため、同外相は通常の職務を継続するという。ウイルスの潜伏期間の隔離措置などについては言及はない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年2月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。