安倍首相は29日の記者会見で、「これからの1~2週間が瀬戸際。感染拡大防止にあらゆる手を尽くすべき」と述べた一方で、中国の習近平国家主席の訪日について「引き続き緊密に意思疎通を図る」と明言を避けた(参照:官邸HP)。後手後手の対策だけでなく、この感覚に危機感を抱かされる。
日本国内では3日朝になって新聞各紙が訪日延期の方針で一致と相次いで報じているが、私は、以下の理由から、いちはやく中止を決定し、日本が真っ先に表明すべき事柄だと考える。
昨年5月、令和最初の国賓であるトランプ米大統領の動向に注目が集まった。「皇室のおもてなしは、これまでの国賓に対するものと同じ、米国だからという特別な待遇はなかった」「宮内庁幹部は『令和が順調に滑り出した』と評価した」と言われている。このように政治の世界と異なる次元で各国の王族や指導者と交わるのが天皇陛下のお姿である。
しかし、中国となると異なる様相を呈する。まず体験談を一つあげてみたい。
昨年10月、広東省にある大学の教師寮の一室で、フェイスブックに香港民主活動家を応援するメッセージを書き込んだ。その夜、知らない電話が鳴ったが何度か無視していると、当学院長のものとわかった。「あなたの書いた文章が上層部に知られ忠告を受けたから即削除してほしい」との連絡だった。言論封殺の監視は、一介の日本人教師にも及んでいる。
こうして中国共産党は56の民族と14億の人民のほか、外国人労働者も厳しい監視と管理下に置き、自由と民主の息吹をつまみとる。香港や台湾、日本在住の華人も訝しげに思っている存在だが、日本政府は沈黙し続けている。
中国共産党から訪日云々を言わせれば、習近平国家主席のほうが天皇陛下より格上だというイメージづくりが形成される。新中国皇帝の誕生である。令和がはじまり天皇陛下の国事行為や今後のご日程は、わが国を敵視し続ける共産党の都合に左右されかねない。
ご承知のとおり、中国共産党は「反日・利日」を党是としている。1989年6月4日の天安門事件で国際的に孤立した際に考え出したのが「天皇陛下の政治利用」である。天皇陛下を訪中させることで体外的イメージを回復させ、国際的な制裁解除に役立てた(城山英巳『中国共産党「天皇工作」秘録』文春新書)。
2015年の「中国人民抗日戦争・世界反ファシズム戦争勝利70周年記念式典」では全国至るところに赤旗と反日スローガンが掲げられ、世界へ喧伝した。これは人民の愛国心や党に対する忠誠心が薄まっていることへの危機感のあらわれとみることもできるが、ならばなおさら、日本は悠長に構えている暇はなく、党勢拡大の動きに警戒しなければならない。
2019年、中国政府は『新時代の中国の国防』と題する白書を発表した。2015年5月以来4年ぶりである。「沖縄県尖閣諸島(中国名・釣魚島)は中国固有の領土だ」と強調し、台湾統一のために武力行使も否定しないというのである。
では、今回の肺炎騒ぎで動きは収まっただろうか?
否、中国公船等による尖閣諸島周辺の「接続水域内入域」は直近2月だけでも24日間84隻、「領海侵入」がそのうち二回も行われている。これが日中関係の現実である(参照:海上保安庁HP)
さらに笹川平和財団上席研究員の小原凡司氏によれば、白書は次のような位置付けだという。
米国との対決姿勢を示したことになるが、米国と中国の対決ではなく、国際社会と米国の対決だと主張しているのだ。これは、中国が、単独で米国と対決することを避けたいと考えていることを示唆する。米国との戦争に勝利できないという認識を含め、単独での対決が中国に不利だという認識があるからだと考えられる。米国との直接対決を避け、国際世論工作を主とする外交戦を展開するという中国の意図を反映したもの。(注:下線部は筆者)
中国指導者の訪日可否はこの延長線上にあると見るのが国際政治の常識であろう。
こうしたなか訪日が実現した場合、①一定の外交的成果となり、新型肺炎騒ぎの汚名返上となる。新天皇陛下の訪中実現に向け機運を高め、共産党統治の基盤強化に利用する。一方、日本国内の感染拡大を受け、訪日が実現しない場合は、②専制有利、民主不利。国家の緊急時に多くを決断できない民主国家は脆い、となりかねない。これは香港や台湾が絶対に阻止したい共産党の影響力拡大に、お墨付きを与えることになる。
国際社会の中の日本。大切なのはわが国の憲法改正である。日本のことであるから日本国民が決定するものだが、「新天皇陛下の位置づけ」は当然、アジア諸国のみならず、世界の注目を浴びる。新しい令和の天皇陛下と、新しい日本国憲法はどうあるべきなのか―――。
新型肺炎感染者の拡大阻止、オリンピック・パラリンピックの開催とどれも優先順位は高いが、中国共産党に天皇陛下が利用され、国家の象徴が軽視され揺らぐという愚は何としてでも避けたい。一国の首相として自民総裁として沈思黙考し、憲法改正を踏まえ知恵を絞り、先手を打つべきであろう。
半場 憲二(はんばけんじ)日本語教師