(楽天の話題・・・といっても、ギガ放題2980円のほうではございませんので悪しからず・・・)
昨日(3月3日)の朝日新聞(朝刊・社会面)に「公取委立入りの医薬品大手 改善計画提出 調査終了へ」との見出しで、日本メジフィジックス社が2例目の確約手続の適用を受けたことが報じられていました。医薬品販売にあたり、富士フイルム社の子会社による参入を妨害した疑いがあったそうですが、同社は公取委の確約通知に対して改善計画を提出し、公取委としては計画の実効性に問題なし、と判断したようです。
日本メジフィジックス社としては、法令違反は認められないために自らの社会的信用を守り、公取委としては、ほとんど労力を使わずに行政目的を達成し、また富士フイルム側も、自ら闘わずして新たなビジネスチャンスを手に入れました。
2018年末に施行された確約手続の適用第1号は楽天だったわけですが(楽天トラベルによる最低価格表示強要問題)、ご承知のとおり、このたびの「送料無料」「送料込み」問題では、楽天は公取委の要請に応じず、行政処分が下りる前に実施を予定しているため、公取委は東京地裁に対して緊急停止命令の申立を行ったそうです(独禁法70条の4、1項)。
「緊急停止命令申立て」というのは、そもそも「行政目的の達成は、専門的知見を有する行政の手で」行われるのが日本の法制度においては原則ですが、行政目的達成のために「一時的に(暫定的に)」裁判所(司法)の手を借りる、という極めて異例な制度です。
公取委としては、確約手続やリニエンシー制度、そして今後施行される「調査協力減算制度」などによって、法令違反が疑われる企業自身の対応をみて強権的な行動に出るかどうかを判断する時代となりました(いわゆる「応答的規制手法」)。したがって、審査の開始から強権発動(排除措置命令)までには時間を要することから、今回の様に一時的な企業行動の停止措置が必要となる場面が生じます。
同様の制度は、同じく課徴金制度を採用している金融庁が申し立てる金融商品取引法の緊急差止命令(同法192条)があり、こちらは(以前は「抜かずの宝刀」でしたが)最近頻繁に使われるようになりました。
なお、ニュースでは「16年ぶりの公取委による緊急停止申立て」と報じられていますが、16年前の事件では、申立てはなされたものの、被申立人が申立ての直後に停止の対象となる行為を中止したために公取委は申立てを取り下げています(有線ブロードネットワークス事件)。
しかし、楽天のリリースを読みますと「我々は法令違反はないと考えております」とありますので、不公正取引案件において、「違反する疑いのある行為」(同法70条の4,1項条文)がどのような事実をもとに、またどのような疎明資料によって認められるのか(認められないのか)裁判所の判断過程が注目されます。
私は経済法については詳しくありませんし、楽天のビジネスモデルにも精通していませんが、令和元年独禁法改正でも明確にされたように「公正取引委員会の応答的規制、協調的法執行路線」への企業の対応には、「独禁法コンプライアンス」の視点から極めて高い関心を持っています。
あるときは公取委に協力して企業の社会的信用を守り、またあるときは公取委と徹底的に闘って企業の信用を守る。また、不公正な取引を排除するために、公正取引を妨害されている企業は自力救済(たとえば差止請求仮処分)もしくは公取委に協力して経済的利益を守る、公取委は行政目的を達成するために、できるだけ民間活力を利用する、ということで、当事会社の法務の実力の差が企業の儲けに直結する場面です。
おそらく楽天も、GAFAに負けないほどの法務力をつけなければプラットフォーマーとして生き残れないはずで、あるときは行政目的の達成のために行政に協力し、あるときは行政と対決することで「競争領域の明確化」を図り、レッドオーシャンをブルーオーシャンに変えていく戦略をとらねばなりません(金融事業の分野では金融庁とも対決するのかもしれません)。
楽天から不公正な取引を強いられている、と主張する事業者の方々も、今度は自分達で楽天を追い詰めるために、裁判所はどこに注目するのか、公取委はどんな資料を提供すれば味方になってくれるのか、平時から学習する必要があります。
今回の緊急停止命令の申立だけでなく、排除措置命令への楽天の対応も含めて、この「公取委vs楽天」事件の司法判断は、不公正取引の領域における独禁法コンプライアンスにとっての「無形資産」になりうるのではないかと思います。いや、これを最大限の無形資産として活用することを企図して固唾をのんで見守っているのは、紛れもなくGAFA、MSといったプラットフォーマーの(計1万人を超える)法務関係者ではないでしょうか。楽天の「法務力」について、これからも注目しておきたいと思います。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年3月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。