光学技術の中国流出に警戒せよ〜無能経営者が招く安全保障危機

長井 利尚

私が、ニューヨークのマンハッタンで好きなホテルは、セントラルパークの東側にあるThe Pierre New Yorkだ。現在では、インドのタタグループ傘下のTaj Hotelsが所有している。大都会・マンハッタンのホテルでありながら、部屋の窓から、緑豊かなセントラルパークを望むことができる。

私は、慣れていない国に行く時、日系のホテルがあれば、そういうホテルを選ぶことが多いものの、そうでない国の場合は、日本人が多く集まるような場所は、敢えて選ばないようにしている。外国に行ってもなお、日本人だけで固まっている人もいる。しかし、外国人との交流機会を増やした方が、新たな視点を発見できることもあるので、私は、慣れた場所では、非日系のホテルを選ぶようにしている。

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キタノホテル(Kanesue/flickr)

マンハッタンで有名な日系ホテルといえば、The Kitano Hotel New Yorkだろう。北野建設のグループ企業が経営している。マンハッタンのような日本人の多い場所で、日本人が多く集まるホテルに泊まるのもいかがなものかと考えていた私が、ものは試しと泊まってみたのは2010年のことだった。

私は、このホテルのフロントでチェックインをした後、エレベーターホールで、扉が開くのを待っていた。エレベーターがロビー階に降りてきて、扉が開いた。中から降りてきたのは、なんと、キヤノン会長の御手洗冨士夫氏だった。御手洗氏が日本経団連会長を退任して数か月後のことだった。

1990年代、キヤノンは、技術屋の御手洗肇社長(1995年逝去)時代に開発した先進的な技術で他社のカメラを引き離し、圧倒的な技術力を誇っていた。しかし、技術を理解できない冨士夫氏が肇氏の次に社長になってしばらくしてから、他社のカメラとの差が徐々に小さくなってきた。

EOS-1D X(キヤノンHPより)

衝撃的だったのは、技術的に遅れていたニコンが2007年に発売した一眼レフ「ニコンD3」が、当時のキヤノンの一眼レフの旗艦機を性能で完全に凌駕したことだ。キヤノンがニコンに追いついたのは、ようやく2012年に「EOS-1D X」が発売された時だった。

私がThe Kitano Hotel New Yorkのエレベーターホールで冨士夫氏と至近距離ですれ違ったのは、「EOS-1D X」が発売される1年以上前のこと。1959年にデビューした口径の小さなニコンFマウントを使い続けてきた制約で、どうしても性能では長い間キヤノンに勝てなかったニコンに技術力で追い越されることなど、肇社長時代には考えられないことだった。

冨士夫氏が私の目の前に現れることを知っていれば、1987年以来のEOSユーザーを代表して苦言を呈することもできたと思うが、突然のことだったので、苦情を伝える余裕がなかった。ロビー階に降りた冨士夫氏は、キヤノン関係者と思われる数人(全員日本人のようだった)とどこかへ出かけて行った。

私は、マンハッタンの日系ホテルには、「農協ツアー」の「おのぼりさん」の団体のような田舎者が集まっているのではないかと予想していたので、数ヶ月前まで日本経団連会長だった人物との邂逅は衝撃的だった。ニューヨークでも日本人だけで固まっている御手洗冨士夫氏は、国際人と言えるのだろうか?

長年にわたり、権力にしがみついてきた御手洗冨士夫氏による、数多くのまずい経営判断に嫌気がさし、志の高いキヤノン社員の多くは既に退社し、茶坊主だけが残ったことを、私はこの記事に書いた。昨年11月22日、外為法の改正案が国会で可決され、成立した。今年春に施行される見込みだが、この法律では、人材が外国企業に流出することまで止めることはできない。

DJI社製ドローン(Wikipedia)

品川駅港南口近くに、ドローン最大手の中国DJIの日本法人がある。既に、ニコンを退職した人がDJI日本法人に転職している。日本における光学機器産業は、ニコンのように、光学兵器の国産化を目的として設立された会社もある。

私自身は、光学兵器の専門家ではない。しかしながらキヤノンやニコンが世界最高水準の超望遠レンズを作る能力があることは動かしがたい事実である。そのような技術が中国に渡ったらどうなるか。中国人民解放軍の兵器の能力は、大きく向上するのではないか。

ニコンもキヤノンも存亡の危機に立たされているとみられるので、中国人民解放軍の息がかかった企業に(外為法の規制を回避する何らかのスキームを介して)実質的に買収されたり、キヤノンやニコンを見限った技術者たちが、中国の光学機器関連企業(当然、中国人民解放軍と深い関係にある可能性がある)に大挙して転職してしまう可能性がある。

スマホの世界で生き残れるソニー並みのスピード感のある経営ができないのであれば、ニコンのサラリーマン経営者も、裸の王様の御手洗富士夫氏も、日本の国家安全保障上の重大な脅威である。

自動車業界に目を転じると、無謀な拡大戦略に手を染めた伊東孝紳社長時代、ホンダに愛想をつかし、中国の民族系自動車会社に転職をした腕利きのエンジニアがいることを、私は直接確認をしている。このような事態が、光学機器の世界においても起こらないとは限らない。

そうなれば、キヤノンやニコンという光学機器メーカーの業績悪化ないしは倒産という事態にとどまらず、日本の独立と安全を脅かす可能性が高くなるということだ。そのような状況を招いた無能な経営者たちの再任を容認する株主たちは、間接的にではあるが、日本の国家安全保障を脅かす存在ということになる。このような株主たちを“国賊”と言わずして何と言おうか。

キヤノンの取締役の任期は、定款で1年とされている。3月27日、キヤノン本社で株主総会が開催される。第2号議案は、御手洗冨士夫氏を含む6名の取締役の再任を諮るものだ。キヤノン株主の皆さんには、軽々に彼らの再任を認めることのないようにしていただきたい。