日銀が保有国債を「帳消し」にするとどうなるか(アーカイブ記事)

池田 信夫

「日銀は政府の子会社だ」という安倍元首相の発言は間違っていませんが、日銀が国債を買っても政府債務は帳消しにはなりません。2019年4月28日の記事に補足して再掲します。

INGのイメージ

財政ファイナンスはヘリコプターマネー

財政政策の時代が戻ってきた。日銀の金融政策には誰も関心をもたないが、その財政ファイナンスには関心が集まっている。政府がいくら巨額の補正予算を組んでも、それを日銀が引き受ければ統合政府の赤字は増えないからだ。日銀副総裁の若田部昌澄氏は、2016年4月にこう書いた。

日銀がヘリコプターマネーを導入する経済的な理由は申し分ない。日本は長期停滞のフロントランナーであり、特に2014年4月に消費税を引き上げて財政政策を拡大から緊縮に変更したあと、QQE(量的・質的緩和)やNIRP(マイナス金利政策)はデフレ脱却に成功していない。今は拡張的な金融政策と財政政策の組み合わせを本格的に進めるときだ。

これは彼が副総裁に就任する前のコラムだが、その後も彼の立場は変わっていない。ヘリマネ政府が現金を民間に供給する政策だが、政府が通貨を発行する必要はなく、たとえば政府が減税し、それを日銀がファイナンスすれば名目需要が創出できる。

黒田総裁はヘリマネを一貫して否定しているが、法的には不可能ではない。財政法では国債の日銀引き受けを禁じているが、日銀の中に政府の特別口座をもうけて、政府債務に対応する現金を振り込めばいいのだ。これは単なる会計上の移転だから、電子的な「1兆円札」のようなものでいい。

統合政府で考えると日本政府の純債務はゼロ?

イギリスの金融庁長官だったアデア・ターナーは、2017年に来日して安倍首相と黒田総裁にこう伝えたという。

日本の公的債務残高は国内総生産(GDP)比で250%。国際通貨基金(IMF)が公表する純債務残高でも140%にのぼる。このうちGDP比で80%近くの国債を日本銀行が保有している。この日銀保有分を帳消しにしてしまえば、財政問題は解決するというのが私の提唱するマネーファイナンスだ。

ここで彼のいうマネーファイナンスはヘリマネと同じ意味だが、政府債務を「帳消しにする」というのはデフォルトではなく、日銀が「国債は永久に保有する」と宣言して帳簿から消すのだ。政府と日銀のバランスシートを統合して考えると、政府債務は日銀の資産と相殺できる(金利は国庫納付金で払うので現状と同じ)。

2018年にIMFが発表した財政モニターでは、PSBSの会計基準で日本政府の「金融資産」に日銀の保有する国債を算入して相殺し、日本政府の純資産をGDPのマイナス5.8%と推定した。ヘリコプターを飛ばさなくても、会計基準をPSBS方式に変更するだけで政府債務はほぼゼロになるのだ(追記参照)。

ここにはトリックがある。政府債務と相殺されている日銀の保有国債に対応する債務は日銀当座預金だが、ここではそれを通貨と考えて統合政府の債務に算入していない。それはゼロ金利の現状では近似として成り立つが、金利が上がると日銀には金利支払いが発生する。

政府債務と税収が同じならインフレにはならない

ヘリマネはMMTのいう「法定通貨による国債引き受け」だが、これには「ハイパーインフレが起こる」という批判がある。MMTも「デフレのときは大丈夫だが、完全雇用になるとインフレが起こる」というが、これはおかしい。FTPLで考えると、物価は

物価水準=名目政府債務/実質政府資産(*)

で決まる。国債をすべて日銀が引き受けると、政府債務(国債)を日銀当座預金(日銀の債務)に置き換えるだけなので、政府と日銀を合計した統合政府では名目政府債務(純債務)は変わらない(厳密にいうと分母の金利が変わるが、ここではゼロとする)。

この式は均衡状態(超過需要はゼロ)なので、MMTのように不完全雇用を前提としていない。完全雇用になっても日銀引き受けで名目政府債務は変わらないので、(*)式の左辺の物価水準は変わらず、インフレは起こらない――というのがFTPLの考え方である。

それは誤りだとブイターは指摘する。通常の政府債務は、最終的には増税で返済するので、財政赤字が増えると将来の税負担が増えるリカードの中立命題で、将来世代の消費が減る。だが日銀が「引き受けた国債は償還を求めない」と宣言してマネタイズ(国債を日銀券に換える)すると将来の税収は減り、統合政府の資産(右辺の分母)が小さくなるので、左辺が増えてインフレになる。これがヘリマネの効果である。

国債が無利子の通貨に置き換えられ、将来の増税がなくなると政府債務が膨張し、金利(*式ではゼロと仮定している)が上がるリスクがある。しかし国債を日銀当座預金に置き換えると、その金利負担は増税になるので、ブイターの条件は成り立たない。

問題は政府への信頼

政府債務がいくら積み上がっても、それがすべて税で償還されると投資家が信じている限り、中立命題の効果でゼロ金利が続き、国債が暴落することはない。これがシムズのいうハイパーリカーディアンな状態である。

ターナーも指摘するように、日本の政府債務は完済できないので事実上マネタイズされているが、投資家は何とかなると信じている。これはゼロ金利(動学的に非効率な状態)が続いているための疑似均衡状態なので、日銀が正直になって国債を償却すると税収(右辺の分母)が減り、インフレになる。

しかしマネタイゼーションで債務を帳消しにすると、市場が「政府は債務を返済する意思がない」とみなし、国債が暴落するリスクが大きい。これが財政ファイナンスが禁忌とされる理由である。ターナーは「日銀政策委員会で政府債務の償却の限度を決めるべきだ」というが、これは予算編成にもかかわるので、日銀だけで決めることはできない。

財務省はプライマリーバランスの黒字化を目標にしているが、これは需要不足の時代には意味がない。政府債務の維持に必要なのは政府への信頼であり、それは今のところ過剰に満たされているが、マネタイゼーションで損なわれると、日銀だけでなく市中銀行にも金融危機が波及するおそれがある。

長期停滞の時代に必要なのは、中央銀行の独立性ではなく政府と日銀の協調である。政府債務をコントロールする独立行政委員会のような制度設計を考える必要があろう。

【追記】PSBS方式のバランスシートには、賦課方式の年金債務が含まれていないが、これは少なくとも800兆円はあると推定されている。この債務はオフバランスで、担保(資産側)は政府の徴税能力なので、政府の債務超過は先進国では問題ではないが、将来の負担増は確実である。