1989年10月25日、西ドイツのブラント元首相はソウルを訪れ、記者会見で「ドイツ統一はいつ頃、可能だと予測しますか」という記者からの質問に対して「ドイツ統一は今後、20年掛かるだろう」と述べた。しかし、ブラント氏が帰国して1ヶ月足らずでベルリン壁が崩壊。東西ドイツは統一された。
最近、北朝鮮の動向を見極めると異常兆候が相次いている。北朝鮮は3月2日、短距離ミサイル2発を発射した。昨年11月28日以降90日ぶりであり、今年初めてのミサイル発射である。射程380Kmの多連装ロケット砲とはいえ、誘導出来るロケット砲だから実体は「短距離ミサイル」といえる。
韓国大統領府(青瓦台)は3日、北の挑発に対して遺憾を表明した。これに対し北のナンバーツー、金与正・朝鮮労働党第1副部長は「愚かな行為」と文在寅大統領を非難した。しかし、翌日の4日、金正恩は文在寅大統領宛に親書を送って「コロナ感染時期に文在寅大統領の健康を心配しており、相互医療対策と南北協力を期待します」と言った。
ところが、こうした融和ジェスチャーにもかかわらず、北朝鮮は5日ぶりの9日、再び短距離ミサイル3発を東海(日本海)に発射する異常行為に出た。北朝鮮は今年に入り、1月20日に外交部長に軍部出身の李善権を任命する異例の人事を行っていた。そして3月1日には最高権力部署である組織指導部長、李萬建を不正名目で公開処刑した。
韓国では来る4月15日、文在寅大統領は政権の信任が問われる国会議員総選挙を控えている。従って、北朝鮮は文政権を応援する目的で軍事挑発を控えていた。北朝鮮にとっては親北路線の文在寅政権が総選挙で大負ける恐れがあったから軍事挑発を控えるように予測されていた。
しかし、そうした見方を覆して北朝鮮が挑発に踏み切ったのは、北朝鮮内部に避けられない「都合」があるのではないだろうか。最近の北の権力動向を巡っては「権力闘争説」「金正恩失脚説」「正恩・与正役割分担説」が取りざたされる。だが、在韓米軍撤退を促す軍部が挑発している可能性が高く、その背後には中国の存在もちらつく。
現在、北朝鮮は国際制裁が厳しい中、新型コロナウイルスの感染が疑われる約7,000人を隔離措置しているという(参照:国営放送)。死者が30人を上回るという情報もある。もともと、軍部には貧弱な補給に不平不満が溜っている。最近、金正恩が党中心から軍部優先に傾くのは軍部の不平不満を払拭したい狙いがあるからだ。
一方で、北朝鮮では既に、韓国の豊かさに憧れた市場経済制度が浸透している。それは洗脳されていた市民の思想にヒビを入れるものだ。すでに市場経済を先導する青空市場は北経済の80%を占めている。平壌のマンハッタンと言われる“ピョンハッタン”街のビルやマンションを分譲する新興富裕層が多数生まれ、彼らドンジュ(金主)は憧れの焦点となっている。新興長者達が資金力を持って、影響力を発揮する段階にまで来ているのだ。若者層には韓国ドラマ、音楽など韓流ブームが広がっている。また人口2400万ほどの国内で、携帯電話が580万台普及している。
市場経済基盤が少しずつ育ってきた中で、国際社会の対北制裁の影響は住民経済の80%を占める青空市場にダメージを与え、住民の不平不満に火を付ける可能性がある。北朝鮮の外貨保有高は2021年に枯渇するとも指摘される。新型コロナウイルスの感染拡大の影響によっては北朝鮮の内部崩壊を促しかねない。
だからこそ、韓国や日本などの周辺国は、北朝鮮の急変事態に備えるべき時期なのだ。
(拓殖大学主任研究員、元 韓国国防省専門委員、分析官)