3月10日現在、新型コロナウイルスによる韓国内の感染者は 7513人、死亡者は54人で、感染者数だけでみると中国(80,754人)、イタリア(9172人)に続く3位、100万人当たりの人口比でみるとイタリア(151人)に続く2位(146人)の上位にランクインしている。
このような状況に置かれている国民の心情は穏やかではない。伝染病に対する不安や恐怖に加え、政府の対応に対する不満や苛立ちは日に日に募るばかりだ。
韓国国民が今一番腹立たしく感じているのは絶対的なマスク不足だ。限られた生産量が爆増した需要についていけないという実情はある程度受け入れざるを得ないが、問題はマスクの流通状況によって、政府の発表する指針がころころ変わったところにある。
これを時系列で紹介したい。
1月28日 文大統領 : 「政府はやりすぎだと言われるほど、強力かつ迅速に先制的措置を取らなければならない」 (国立中央医療院)
1月末には認知されていた患者発生数は一日当たり1~2名程度に過ぎず、感染経路は容易に確認され、韓国内では新型コロナウイルスはしっかりと統制されているとみられていた。政府はその状態を維持し、やがて収束させることができると信じ、文大統領は国民に対し自らの言葉で、過剰でもいいから強力な措置を取るつもりだと宣言したのだ。
1月29日 食薬処 「KF94、KF99など保健用マスクを使うべき」
2月4日 疾病管理本部長 「綿などの布のマスクは限界がある。手術、保健用が安全」
KF94、KF99というのは0.4μm以下の超微細粒子を94%、99%まで遮断することができるマスクのことで、KFに続く数字が高い方が高機能で、当然、価格も高い。国民の保健を守ることを任務とする食薬処と防疫を指揮している疾病管理本部が一般用のマスクではなく高機能の医療、保健用マスクを勧めたのは文大統領の発言を受けてのことだろう。
だが、感染者数が一日に100名以上を記録する日が続くようになると、マスク不足はいよいよ深刻な状態となった。2月21日頃から、彼らの以前の発言は一転した。マスクが手に入らないことでパニック状態に陥った市民たちの怒りが韓国政府に向けられるようになったタイミングだ。「一般マスクでも大丈夫」となり、「1枚で数日使用可能」から、ついには「マスクが無くても大丈夫」へと、あれよあれよという間にガイドラインが下がったのだ。
2月26日 食薬処長 「新しいマスクが無かったら再使用も可能」
3月 2日 与党代表「マスク1枚で3日使っても問題ない」
3月 6日 金尚祖(キム・サンジョ)青瓦台政策室長「健康な方はマスク着用を自制すべき」
3月 8日 国務総理「私から(率先して)綿マスクを使用する。市民意識を発揮してほしい」
確かに1枚で数日使用も可能だろうし、健康な人は使わなくてもいいかも知れない。しかし、最初は徹底した対応と求め、高機能マスクでなければ意味がないかのように主張しておいて、欠品状態になった途端に態度を変えたことに国民としては不信感を覚えずにはいられない。
韓国政府が慌てて立場を変えたのは、1ヵ月後に迫った総選挙への影響を考えてのことだろう。国民の怒りが政府に向けられた状態が続くのは選挙において致命的だ。もちろんコロナウイルスの拡大が全て政府の責任とはいえない。だが「やりすぎだと言われるほどの強力な措置」を表明した政府の豹変ぶりは「やりすぎ」だと感じずにはいられない。
韓国政府は苦肉の策としてマスクを一人当たり週一回2枚買えるようにする5部制(平日に週一回購入可能、週末は平日に買うことが出来なかった人が購入)を導入したが、それでも市中への供給が追い付かず、マスクを購入することが出来ない人は未だに多く「共産主義に移行するための配給制の練習か?」という皮肉までもが聞こえてくるような状況だ。
「物質的不足」を満たす「精神的充足」
マスク不足という目の前の大きな課題を解決することができず、世論は改善される気配すら見えない状況に対し、政府は新たな対策に乗り出したようだ。その対策というのは十分なマスク供給という「物質的な不足」を与える代わりに、国民に「韓国最高!」という「精神的な充足」を与えようというものだ。
3月8日 保健福祉部長官は韓国の防疫管理が世界中で認められているとして、韓国が「他国の模範事例として、世界の標準として(韓国の防疫管理手法が)使われるようになるだろう」とし、「優れた診断検査能力や徹底した疫学調査などを防疫能力の優秀性を証明した」と自らを評価した。
続く3月9日 文大統領も「新規患者数がもっと減り安全段階に入ったなら、まさに防疫の模範事例となるだろう」「これまでの成果は全面的に国民の力」だとして国民を持ち上げ、励ました。
これらの世界が韓国を称賛しているという言葉の中には暗に政府の政策に対する広報という意味も含まれている。「アメリカさえもが韓国の驚くほどに迅速な対応を褒めたたえている」、「韓国の診断検査能力は世界最高水準だと高い評価を得た」だとか、「(ドイツのマスコミが)韓国政府は患者にとても良質な医療サービスを提供したと報じた」などと政府の運営するインターネットサイトを通じて国民に広報しているのだ。
だが、政府の意図とは裏腹に国民の反応は冷たい。「現実に目を背けた自画自賛」、「精神的勝利(自らに不利な状況について解釈を歪めることで自らが勝利したと自尊心を満足させる行為)」という指摘が相次いでいる状況だ。
韓国政府の主張するとおり世界が本当に韓国を高く評価し称賛しているのか、あるいはそうではないのか、一般国民には事実を確認するすべはない。だが、確実なのは韓国国民が動かしようのない事実として知っている「ファクト」がある。韓国人の入国を制限する国は2月末には50ヶ国に過ぎなかったが、わずか10日の間に109ヶ国にまで増えたということである。