13億人以上の信者を有する世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇は2013年3月13日、第266代目のローマ教皇に選出され、今年で7年目を迎えた。「時間の過ぎるのは速い」といった感慨をもつ信者も多いだろうが、南米初の教皇の誕生に大きな期待を寄せていた聖職者や信者たちは失望感を味わっているかもしれない。多くを期待する人は、どうしても失望を避けられなくなるからだ。
7年前の教皇選出会(コンクラーベ)の開催直前の会合で、当時ブエノスアイレス大司教だったフランシスコ教皇(ホルへ・マリオ・ベルゴリオ枢機卿)は「教会は病んでいる」と檄を飛ばし、教会の刷新をアピール。その結果、5回目の投票で教皇に選ばれた。あれから7年が過ぎた。南米から派遣されたペテロの後継者は「教会の病」を治癒しただろうか。
前任者、ドイツ人のべネディクト16世を生前退位に追い込む契機ともなった聖職者の未成年者への性的虐待事件は、フランシスコ教皇時代に入っても沈静化するどころか益々拡大し、聖職者の性犯罪への賠償金支払いで教会が破産宣言せざるを得ないような状況さえ生まれてきた。教会信者数は年々、増加しているが、新生児の幼年洗礼の数を含むからであり、実数は年々、教会を脱会する信者が増加。一方、聖職者の数も減少し、神父が不在のため礼拝すらできない教区が出てきている。
フランシスコ教皇時代に入り、教会を取り巻く雰囲気は、教義主義から少し解放され、明るくなり、聖職者も信者たちも「神」について饒舌に話すようになった。サンピエトロ広場には南米の風が吹き、多くの信者が一般謁見の水曜日には集まってきた。
一言でいえば、フランシスコ教皇はポップ・スターのように多くのファンを獲得したが、ペテロの後継者としての教皇の権威は年々失ってきた、といえるだろう。
フランシスコ教皇が持ってきた南風に対し、ここにきて北風が強まってきている。教会の刷新を阻止する保守派聖職者たちの言動が活発化してきたのだ。教会刷新の象徴的な問題、聖職者の独身制の見直し議論が高まり、バチカン内で独身制の廃止を支持する改革派と堅持を主張する保守派との間で激しい主導権争いが展開された。その結果、どうなったか。後者が勝利したばかりだ。
少し説明する。昨年10月 バチカンで開催されてきたアマゾン公会議で最終文書が採択されたが、その中で、「遠隔地やアマゾン地域のように聖職者不足で教会の儀式が実施できない教会では、司教たちが(相応しい)既婚男性の聖職叙階を認めることを提言する」と明記された。
同提言は聖職者の独身制廃止を目指すものではなく、聖職者不足を解消するための現実的な対策だ。聖職者の独身制廃止を主張するグループからは、「聖職者の独身制廃止への一歩」と受け取られたが、フランシスコ教皇は最終文書では独身制の見直し云々には全く言及しなかった。フランシスコ教皇に期待していた改革派聖職者や信者たちは失望せざるを得なくなったわけだ。
バチカン・ウォッチャーの中からは、「フランシスコ教皇は本来、改革派ではなく、べネディクト16世と同様、教会の教義、伝統を廃止できる教皇ではない」という声が聞こえる。多分、この見方は大きくは間違っていないだろう。南米出身でラテンの気質を継ぐフランシスコ教皇にとってもバチカンの改革は余りにも荷が重いわけだ。
フランシスコ教皇はバチカン入り後、高位聖職者に対し、キャリア志向に警告を発する一方、キリスト教初期時代の福音伝道への回帰を求めてきたが、欧米教会は既にその生命力を失い、世俗化の中で信仰の原点すら見失ってきている。「教会は病んでいる」と叫んでバチカン入りしたフランシスコ教皇は南米教会の解放神学的なリベラルの気風をもたらしたが、それが精いっぱいで、それ以上、教会の組織的改革には手が付けられない状況だ。
フランシスコ教皇が在位7年目を迎えた3月13日は金曜日と重なった。バチカンを取り巻くイタリアでは中国武漢発の新型コロナウイルスが席巻し、12日の時点で1000人以上の犠牲者が出ている。キリスト教会最大の祭日「復活祭」(イースター)はもはやサンピエトロ広場で記念礼拝を挙行できない状況だ。長いカトリック教会の歴史でもなかったことだ。
多くの困難や苦境に直面しているカトリック教会だが、逆にいえば抜本的刷新のチャンスともいえる。既成の秩序、伝道、慣習がもはや通用しないことが誰の目にも明らかになってきたからだ。
最後に、楽しい話を紹介する。イタリアのバリという町(Puglia)で子供たちが「Everything will be alright」(イタリア語 Andra tutto bene )と書いた垂れ幕を窓に垂らしたり、絵を描いたりし始めた。その子供たちの母親がフェイスブックでそれを紹介すると大きな反響を呼んだ。新型肺炎ウイルスの感染拡大で、「移動の自由」も制限されたイタリア国民はどうしても不安や憂欝になりやすい。その時だけに、「全ては良くなるよ」と書いた子供たちのメッセージは多くの国民の心を捉え、勇気を与えているのだ。
「全ては良くなるよ」という子供たちのメッセージは今、フィレンツェなどの他の街にも広がり、大きな運動になってきた。オーストリア代表紙プレッセは13日1面トップで写真付きで報じている。当方もイタリアの子供たちに真似て、フランシスコ教皇に「全ては良くなるよ」というメッセージを送りたくなった。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年3月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。