世界のラグビー事情(南半球三国編)

矢澤 豊

>>>世界のラグビー事情:フランス編はこちら
>>>世界のラグビー事情:イングランド編はこちら
>>>世界のラグビー事情:ケルト三国編

試合前の舞踊「ハカ」でおなじみのNZ代表オールブラックス(davidmolloyphotography.com/flickr)

常に世界ラグビーのトップに君臨してきたニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアの三国。ラグビーのスタイルは異なり、それぞれの国においてラグビーが置かれた環境は違いますが、長きにわたりライバルとして対峙かつお互いを認め合ってきた彼らには、やはり共通するのものがあります。

その一、プライドが高い。

1987年の第一回大会から去年の日本大会まで、9回のワールドカップ中、8回分の優勝をこの三国で分け合っています。(ニュージーランド3回、南アフリカ3回、オーストラリア2回)。北半球ヨーロッパのラグビー伝統国たちに対して、「何するものぞ」の優等意識を当然ながらもっています。

その二、貧乏性である。

1995年のラグビーのプロ化以来、この三国は、ただ単に「お金がない」ということだけではなく、稼げるはずなのに稼いでいないという、強迫観念に常にさいなまれているのです。

スーパーラグビー狂想曲

Wikipediaより

1995年のラグビーのプロ化をうけて、この三国のラグビー協会は共同でSANZAR(South Africa, New Zealand, Australia Rugby)という団体を発足させ、Super 12というプロ・リーグを結成します。

当初の参加チームの内訳は、ニュージーランドは従来のクラブ・チームの上に、地域別のフランチャイズを5チーム組成。オーストラリアではラグビーが盛んな3地域の代表チーム。南アフリカでは、従来のクラブ・チャンピオンシップの前年上位4チームが参加権を得るという形式でスタートしますが、1998年からはニュージーランド同様の地域ベースのフランチャイズ・チームを形成しての参加となります。

この後、Super 12はチーム数を増やしつづけます。

2006年からは2チーム増やしてSuper 14。

2011年には名称をSuper Rugbyとして15チーム体制。

2016年にはSANZARにアルゼンチンを加えSANZAAR(South Africa, New Zealand, Australia, Argentina Rugby)とした上で、チーム数を18に。アルゼンチンのハグアレス、そして我が日本のサンウルヴズもジョインします。

しかしこの18チームの大所帯は2シーズンしか持たず、2018年には15チームに逆戻り。

そして2021年のシーズンには、我がサンウルヴズもSuper Rugbyへの参加権を失い、Super Rugbyは14チーム体制になることが決まっています。

SANZAAR、そして傘下のSuper Rugbyはその創成期からメディア王マードック氏率いるNews Corpグループの影響を強く受けており、そこからの放映権収入とメディア側のビジネス展開の意図するところにふりまわされている観があります。

SANZAARの放映権収入の60%は、同団体がしきっているニュージーランド、オーストラリア、南ア、そしてアルゼンチンの4カ国対抗大会(The Rugby Championship)に拠っており、Super Rugbyの放映権収入は伸び悩み。観客動員数は直近の2018/2019シーズン試合平均約12000人で、この数字は年々下降傾向にあり、「Super Rugbyはテレビ向け」という批判があとをたちません。

そんな苦言もテレビの人たちには馬耳東風。メディア・ビジネス側はアジア展開(日本のサンウルヴズもその一環)や北米マーケットへの進出を口にし、その陰で無造作に参加チームの増減を行い、草の根ファンを置き去りにする傾向に歯止めがかかりません。

その一方でSuper Rugbyのサラリー・キャップはチームごとに550万オーストラリアドル(約3.6億円)に抑えられており、選手の平均収入は年間約800万円。これはプロ・ラグビー選手の世界水準で最低レベルです。国代表チームに招集される選手たちは、これに代表としての収入を加えることができますが、その下のレベルにいる選手たち、つまり代表候補予備軍としてチームに厚みを持たせる重要な選手層が貧乏くじをひく構造になってしまっています。

「だったら日本のトップ・リーグで稼ぐよ…」というのが、多士済々となっているトップ・リーグの裏側のカラクリなのです。

ニュージーランド

世界に冠たるオールブラックスは選手の人材流出に一番神経質になっています。代表選手に選出されるためには国内チームでプレイしてることが絶対条件。それは選手に低収入に甘んじることを強いる結果になり、オールブラックスの有名選手は、選手としてのピーク半ばで代表を引退。それから海外チームで稼いで、選手生活後の人生設計をたてるのがすでにお決まりのコースになっています。

最近、去年のワールドカップで活躍したフランカーのアーディー・サヴェア(26歳)が、15人制ラグビーから、オーストラリアの13人制ラグビー・リーグへの転向を示唆してニュースになりました。サヴェア本人は自身のルーツであるサモアでの代表になれることをその理由の一つとして挙げているようですが、ラグビー・リーグのプロ選手の平均収入が年間約2200万円であることも、大きな動機付けになっているはずです。

オーストラリアVSニュージーランド戦(2017年、davidmolloyphotography.com/flickr)

オーストラリア

オーストラリアにおける15人制ラグビーの課題は、実は国内であまり人気がないということ。上述の13人制ラグビー・リーグがプロ・スポーツとしてオーストラリア東部で熟成しており、全国規模ではオージー・ルールというオーストラリア独特のスポーツが群を抜いています。

こうした逆境のなかで、人口もさほど多くないオーストラリアがワールドカップで好成績を残し続けているのは称賛に値しますが、代表チームの強化と草の根ファンの涵養の両面でテンテコマイなのが実情です。

従来はニュージーランド同様に「国内チームでのプレイ」が代表選出の条件でしたが、背に腹はかえられず、2015年のワールドカップで「代表キャップ60以上の選手は例外」として、急遽ヨーロッパのプロ・リーグに参戦してるベテラン選手を招集しました。

その一方で、トップレベルの選手ばかりに手厚く、コミュニティ・レベルでのラグビー普及活動が手落ちになっていて、次代の代表選手が国内で育っていないという批判も根強くあり、オーストラリア協会は恒常的な板挟みの状況になっています。

南アフリカ

1995年の大会優勝でマンデラ大統領とピナール首相が感動シーンを演じて、南アのラグビーはすっかり「建国神話」の一部となりましたが、「白人のスポーツ」というラグビーのイメージは未だに南アの政治問題として生きています。

南アフリカ代表(2015年米国戦:@sebastian1906/flickr)

日本大会に参加した代表チーム、スプリングボックスは「チームの半数はアフリカン」という南ア政府の強制がありました。アフリカンとして初のキャプテンとなったシヤ・コリシ選手は「マンデラ大統領は人種による定数制限をよしとしなかったと思う」と発言して、批判に晒されています

ビジネス面でも、お世辞にもドル箱とはいえない南アは苦境にあります。2018年に一方的にSuper Rugbyから2チームを追い出されたのもその一面。地理的に他の国から孤立しているため、遠征は選手に苦労を強いることになるだけでなく、時差の関係から試合のライブが視聴率を稼げない時間帯になってしまうことも、大きなマイナス要因になっています。

Super Rugbyから外れた2チームがすぐさまヨーロッパのPro 14に参加したのも、遠いのは同じだが、時間帯が近いので、放映権の面ではプラスであるという計算が働いたのです。

今後のSuper Rugbyは、時差・放映権の面から南アがヨーロッパ市場を目指し、オーストラリア、ニュージーランドがアジア市場を目指すという動きがより表面化してくると思います。

SANZAARの黄昏

南半球ラグビーのプライドの発露として発足したSNZAARですが、好転の兆しが見えないSuper Rugbyの現状を見る限り、Super RugbyはSANZAARという上部組織のために存在、運営されており、参加各国のラグビー事情とその目指すところの目的に沿う形になっているとは言い難いのが実情です。この乖離の原因の一つは、メディア利権にその舵取りを許してしまったということもあると思います。

しかし、やはり健全なスポーツ・ビジネスは、まずは選手に手厚くし、そしてファンの気持ちを大切にしなければならないという原点が、結果として二の次になってしまったということが根本的な理由でしょう。

現在発足鋭意検討中の日本の新リーグも、選手とファンという原点をしっかり抑えてほしいものです。