市議会議員からみた「3つの相手先」:後編

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後編は、議員における「同僚議員」との関係性について概観し、本論考をまとめます。

いらすとや

議員と議員の関係性について

前編でお話した「行政と議員的馴れ合い」に似た状況は、議員同士の関係性においても発生しえます。

議員というのは、選挙を軸に考えると、一人一人が敵同士です。しかし、いったん選挙が終わったら、それぞれの思いやベクトルに違いはあるものの、「●●市を良くしたい」という一点においては意識を共有しています。

そんなわけで、議員同士で「まったく目も合わさない」という相手は、いなくはないですが滅多にいません。それどころか、新任であるうちは、経験豊富な議員の方からいろいろな助言をいただくことも多くありますし、会派を超えて相談することも、助け合うこともあります。

例えば、ご迷惑になってしまうかもしれないので詳細は伏せますが、ゴミ問題について私が議会で一般質問した後、私が指摘をした不法投棄で荒れた場所を、某会派代表から、一緒に掃除しましょうとありがたい申し出をいただいたこともありました。

以上のような事例でもわかるとおり、議員の中には人間的に尊敬できる方々もたくさんおられるのは事実です。しかし、いったん市政のことになった場合、意見が違えば納得できるまで議論をし、議案の結果については、忖度なく自分の言葉で市民に結果報告する義務を負っています。

それが今後の市政に役立つと確信があれば、自分がお世話になった議員に対しても、反論の矛先を向ける必要があります。当たり前ですが、それが市議会議員の仕事だからです。

目線の先にあるべきもの

以上のような関係性の中で、議員は自分の意見や賛否理由について、様々な関係性に配慮することで、いつの間にか「差し控える」方向に流れていきます。

私は、議会で意見が分かれている案件で、市民生活に重要な影響があるものについては、議会、インターネット、市政報告会を通じてそのすべてに賛否の理由を述べてきたつもりです。

仮に、私の意見に「なるほど」と思っていただけたら、大変うれしく思います。私の意見が間違っていると感じたら、それは「選挙民としての議員の評価」に資する情報発信だったという意味で、やはり意味のあるものだったことになります。

市議会議員とは、つまるところ市政における市民の納得感を醸成する装置であるべき存在です。その意味で、しっかりした「情報発信」をしない限り、市民にとって市議会議員は「なんとなく胡散臭い存在」であり続けることになります。

まとめ

まとめます。

  • 議員には、「市民」、「行政」、「同僚議員」という3つの相手先がある。
  • 市民に対しては、議員が共同正犯的に情報発信しない姿勢を貫くことで、議員と市民の「本来の意味での関係性」が薄くなる。結果、市民の議会に対するチェックが十全に機能せず、「情報発信をしない」議員の思惑がある程度成功してしまっているのが、日本の地方議会の現状である。
  • 行政に対しては、良くも悪くも「よりよい行政の実行」という目的を共有しているため、議員と行政の馴れ合いが発生しやすい構造がある。結果、議員の本来の仕事である「行政のチェック」が十分に機能しなくなる場合がある。
  • 議員同士の関係性においても、目的の共有から派生する「馴れ合いの構造」が発生しがちであり、議論が活発化しない土壌となっている。

議員とは、市政における市民の納得感を醸成する装置である以上、上記3つの相手先に発生しがちな「負の関係性」を遮断し、議員個人の考えを情報発信し続ける姿勢が今、求められていると考えます。