コロナ対策、国会は現場を止めるな

千正 康裕

今日から、東京都及び近県で外出自粛要請が始まった。

国民生活にとっては、まさに緊急事態である。厚労省を中心とした霞が関でも、緊急事態対応がずっと続いている。

厚労省の現場には、省内各部署や他省庁からも大量の職員が集められて、文字通り不眠不休の戦いが続いている。 

感染が爆発的に増えるかどうか、まさに今正念場である。 

国民も厚労省・政府も医療関係者も影響を受けているあらゆる事業者が、緊急事態の国難の中で、国民の命と健康を守るために限界まで働いたり、不自由を強いられたり、様々なことを我慢したりしている。

感染の拡大を防ぐために、今は緊急事態として対応しないといけない。

そういうことを一人ひとりが理解して、国民も含めて団結して、ことに当たっている。

しかし…。

一つだけ、緊急事態対応をとらない場所がある。

この国の方針を決める一番重要な機関である国会だ。

写真AC:編集部

 

1. 国会対応がコロナ対策の現場の動きを止めている 

連日、大量の官僚が国会議員への「ご説明」に追われている。もちろん、厚労省でも重大な政策や不祥事などが起これば、これに近いことは起こるのだが、ここまで全方位に国会議員への「ご説明」が増えたことは、筆者の知る限りない。つまり、完全に一省庁のキャパシティを超えている。

コロナ対策を行っている官僚達は、不眠不休で戦っているが、その労力をほとんど「ご説明」にとられてしまう。国民の代表である国会議員への説明は非常に大切なことではある。だからこそ後回しにできないのだが、いくら「ご説明」をしても、対策そのものは1ミリも進まないという状況に陥る。

本来は、検査体制がどうか、ワクチンや治療薬の開発を促進できないか、医療体制の確保がしっかりできるか、マスク等の物資が必要なところに届けられるか、休校や外出自粛に伴う必要な対応は何か、集団感染(クラスター)がどこで起こっているのか、都道府県等との連携はどうか、各省にお願いすることはないか、民間企業にお願いすることはないか、国民には何を伝えればよいか、そういった国民生活そのものを守るために、やらなければならないことを彼らは山ほど抱えている。 

2.いますぐ必要な国会改革:3つの緊急提言

3月18日に維新の会の藤田議員がブログでも取り上げていたが、1日だけで厚労省への質問通告をした国会議員が50名以上、合計200問以上の国会答弁作成を行ったとのこと。これは僕の経験でも極めて異常な数である。

今、国会が緊急事態対応をとらないことによって、何が起こっているのか、解決策はあるのか、以下詳しく解説したい。

参議院予算委員会(ネット中継より:編集部)

(1)国会質問                                                                                                                    

国会の質疑は、ぶっつけ本番でやっているのではない。裏では以下のような緻密な準備が行われて、初めて成り立つ。

① 前日夜まで:議員の質問通告

質問する国会議員が、事前に質問予定の内容を官僚に通告する。ぶっつけ本番で聞かれると、大臣も具体的なことを答えられないので、「状況をしっかり把握して、必要性を検討したい。」みたいな漠然とした答弁しかできず、全く議論が深まらないからだ。政策を動かすための議論に事前通告は必要だ。

※     どの国の国会でも党首討論などの自由討議を除けば、事前の質問通告をするが、前日夜に通告するのは日本の国会だけ。日本の地方議会でも数日前の通告だ。

② 前日夜~深夜・明け方:担当部署確定・答弁作成

通告を受けると、質問内容に応じた担当部署を決めて、若手が答弁メモを作成し、関係する部署や他省庁とも調整をしながら幹部の決裁をとっていく。 

③ 深夜・明け方:全ての答弁メモ+参考資料が完成したら、大量にコピーをして、大臣などが翌日使う答弁メモを一式用意する。

※     答弁メモ+参考資料を電子データにしてタブレット等に入れれば、深夜の無駄なコピー作業は不要。OECD加盟国30カ国の全てでタブレット端末等を使用。日本の地方議会も約4割の都道府県・政令市で使用している。なぜか、日本の国会では使用されない。

④ 朝6時~7時:大臣レク

大臣が出勤してくるので、当日の国会質問の勉強会を行う。どのような質問が出る予定で答弁のポイントは何か、官僚から大臣に説明した上で答弁の方針を決める。国会答弁は官僚が書いた紙をただ大臣が棒読みしているわけではない。官僚の説明を聞いた大臣が、もう少し踏み込んで答えるべきなど議論をして方針を事前に決めるのだ。大臣の指示で答弁を直すこともよくある。ここに、答弁の事前準備の意味がある。

⑤ 9時~夕方:委員会本番

大臣等が答弁する最中も、急な質問などの場合に対応できるように担当の官僚が同席する。場合によっては、正確に答弁するために、耳うちをしたり、慌ててメモを書いて大臣等に渡したりする。

官僚たちは、今こんなことを毎日やっている。

国会での審議は必要なことだし、一つの委員会ならまだ何とか対応できるが、今は委員会が開けばどの委員会でもコロナに関する質問が出る(委員会は概ね省庁ごとにある)。通常は、厚労省への質問なら厚生労働委員会が中心であり、政府全体の重大案件であれば何でも議論する予算委員会で対応する。 

国会改革緊急提言①

コロナに関する質問は原則厚生労働委員会と予算委員会に集約すべき。

 

(2)与野党各党に乱立するコロナ対策会議

国会での議論だけでなく、各政党はそれぞれ別々にコロナ対策について議論する会議を設けている。この議論は議員間で行うというよりも、毎回厚労省を中心としたコロナ対応に当たっている官僚を呼んで説明を求めたり指摘を繰り返している。 

① 政党ごとの会議

② 政府・与野党協議会

③ 野党合同ヒアリング

これらの3つの会議(例えば、与党の会議1つと野党の会議2つ)が並行して頻繁に開催されている。(1)の国会での議論に加えて、概ね1日に3つくらい上記の会議が開催されている。多い日は、予算委員会、厚生労働委員会以外も含めた多数の委員会でコロナの質疑が行われる上に、政党の会議が5つも開催される。

新型コロナ問題の野党合同ヒアリング(共産党サイトより編集部引用)

同じ日に、同じテーマで会議がいくつも開催されるので、あちこちに同じ説明をして回っている状況だ。しかも、これらの会議も本番の対応だけではなく、事前の説明を多くの議員から求められる。いわゆる議員レクが山ほど発生している。事前の説明を聞いた上で、政党の会議で質問や議論をするためだ。 

国会改革緊急提言②

政党ごとの会議はまとめるべき。少なくとも、与党で1つ、野党は合同ヒアリングに集約するなど。

  

(3)個別議員の問合せ 

国会や政党ごとの会議で連日質問や議論がなされているが、それだけはなく、個々の議員からの資料要求、問合せ・説明要求が毎日数十件届いている。 

現状でも、完全にオーバーフローしていて、議員が設定する期限までに提出できない状況だが、期限までに資料を持って行けないことを官僚を怒鳴り散らす議員もいると聞く。

国会改革緊急提言③

個別議員の問合せは、衆議院・参議院の調査室などに一元的に議員の問合せに回答する窓口を作って、まずはそこで受けるべき。

※     衆議院・参議院の事務局には各省ごとに調査室という各行政分野のエキスパートの方がいて、平時から国会議員の指示に応じて調査をしている。どうしても調査室が分からないことは調査室から厚労省にまとめて確認をとればよい。 

永田町から見た“不夜城”霞ヶ関方面(写真AC:編集部)

3. コロナ対策現場の官僚の思い 

コロナ対策のような国難に立ち向かう仕事は、官僚たちに非常に複雑な心情を抱かせる。コロナ対策本部に招集されれば、体が何とか持つだろうか、元気で戻ってこられるだろうかといった不安も大いに感じる。実際に、体を壊して対策本部から既に離脱した人もいる。

ただ、一方でものすごく心が震える仕事でもある。そもそも、社会の役に立ちたいという気持ちが強いから、待遇のよい民間企業ではなく官僚という職業を選んでいる人が多い。最近の厚労省の労働環境がひどすぎて民間企業に転職が決まっていた若手が、コロナ対応が始まったので初心を思い出して民間企業の転職内定を辞退して踏みとどまったという話を聞いた。 

官僚の仕事がいやになって辞める予定だった他省庁の人が、必死に対応している厚労省の人たちを見て、辞めるのではなく、もう一度改革する官僚として頑張ろうと決意したことをツイートして多くの方の励ましをもらっていた。(このツイートは実は印刷して厚労省の対策本部に掲示されている。) 

僕のところには、今でも現役の官僚達から悲痛な叫びが聞こえてくる。それは、仕事がきついとか睡眠時間がとれなくて死にそうとか、そういうことではない。 

死ぬほど頑張っているけど、仕事が進んでいかない。国民の役に立っていると思えない。

そういう叫びだ。全員が異口同音にそう言う。そして、その理由は国会対応だと。

 

4. なぜ国会は変わらないのか

 上記のように仕事の構造を見ていくと、完全に国会がコロナ対策を滞らせている状況だ。

 誰がどう見ても、今の国会の状況は国民にとってマイナスだ。この危機的な状況を変えないと本気で思っている国会議員も何人もいる。

では、なぜ変わらないのか。

国会議員は、悪い人なのか、自分のことしか考えないのか、パフォーマンスしたいだけなのか。それとも頭が悪いのか。

答えはNOだ

彼らは彼らで、国民が抱える不安に一生懸命応えようとしている。だから、厚生労働委員会以外の委員会でも質問の機会が与えられればコロナの質問をするし、自分の党でも議論をしようとする。 

地元の支持者から問合せがあれば、官僚を呼んで内容を確認した情報を地元に届ける。地元の支持者からコロナ対策について苦情を受ければ、厚労省の官僚を呼んで怒鳴りつける。「俺が厚労省にしっかり言っておいたから。」と地元の支持者に報告する。これは政党を問わない。与党の議員も野党の議員も同じだ。

これらは、この国の民主主義に必要なことだ。不祥事対応のように、官僚をいじめようとしているわけではないはずだ。

ただ、今は緊急事態だ。この民主主義のプロセスを守りながらも、官僚たちに極力対策そのものに集中させるよう、平時とは違う徹底的に効率的なやり方をしなければ、結局困るのは国民だ。その効率的なやり方が、上の2.に書いた「国会改革3つの緊急提言」だ。

それぞれが頑張ることが全体としてマイナスになることが時としてある。一人ひとりの国会議員だって、自分だけ役所への問合せをやめることはできないだろうし、何人かが気を遣っても意味がない。だから、誰かがリーダーシップをもって一斉に変えないといけない。 

5.  変えるために必要なこと 

私が経験した中で、一度だけ国難を乗り越えるために役所に対策に専念させようと、与野党のリーダーが話し合って全ての国会審議を止めたことがある。与野党合同会議に議論の場も集約したことがある。

東日本大震災の時だ。

国会で質問すれば震災関連の話題一色になり、対策に当たっている官僚たちの手を止めてしまうことになるからだ。そのことは国会議員も本当は分かっている。でも、個々の議員には止められない。各党の指導的な立場にある国会議員の方には、ぜひとも全体最適のためにリーダーシップを発揮して緊急提言を実現すべく話し合いを始めていただきたい。感染がこれ以上拡大するなら、国会を一度止めてもよいくらいだ。本当にこの国が破壊されかねない。 

そして、変える力のある国会議員にリーダーシップを発揮してもらうには、国民の後押しが必要だ。国会議員は決して対策の邪魔をしようとしているわけではない。ほとんどの場合よかれと思って、国民の期待に応えようとしているのだ。だから、多くの国民が国会改革を実現してほしいと声をあげたら必ずそれに応えようとしてくれる

ぜひ、ご自身の選挙区の国会議員に国会改革を大至急進めるよう、声を届けてほしい。この状態を変えられるのは国民の声しかない。どうか、対策の現場にいる人間に対策に集中させてほしい。


編集部より:この記事は千正康裕氏のブログ「センショーの『元』官僚のお仕事と日常のブログ」2020年3月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。