「日本のPCR検査は少ないのか?」は議論がわかれる。
当初は、テレビのワイドショーなどを中心に「日本のPCR検査は少ない」「韓国はずっとたくさん検査している」といった批判一色の様相だった。「感染者数を少なくみせたい官邸が検査を抑えている」といった見方が披露されることもあった(例:2月26日上昌弘氏ツイッター)。
知人の新聞記者とのやりとりです。
感染者を減らしたい官邸と、沢山検査したくない感染研・医系技官の思いが見事に一致しましたね。
検査しないから重症例に偏り、パニックになっています。各地でイベント中止が続き、日本は蔓延国とみなされつつあります。このままでは、東京五輪はだめでしょうね。— 上 昌広 (@KamiMasahiro) February 26, 2020
だが、韓国やイタリアでの感染爆発が伝えられるに伴い、「無闇なPCR検査は医療崩壊を招く」論が広がった。
3月11日に孫正義氏がツイッターで「無償PCR検査100万人分」をぶちあげた際は、批判が殺到して撤回に。翌12日、日本テレビ「スッキリ」でMCを務める加藤浩次氏が、以前は「韓国のようにもっと検査を」と言ったが考えが変わった、と発言して話題となった。
他方で、「少ない」論が消えたわけでもない。
・朝日新聞記事(3月14日)では海外の専門家の声として、「日本のPCR検査は少ない。手本は韓国」を掲載。
・国会では、山井和則議員(3月11日衆議院厚生労働委員会)、蓮舫議員(3月16日参議院予算委員会)らが「検査実施能力は高まったが、検査数が少ない」などと政府を追及。
・3月28日の首相記者会見では、記者から、「(日本は検査数が少ないため、)海外などでは本当に日本はもっているのか、水面下で実際は感染が広がっているのではないかと疑いの声がある」との質問も出た。
本当のところはどうなのか。各国の検査数データをとってみた。
データを毎日わかりやすく公開している国(日本、米国、英国、韓国、台湾など)もあれば、中国を筆頭にデータを把握できない国もある。また、各国の感染状況は日々大きく変動している最中だ。その前提でデータ比較すると、以下のとおりだ。
1. 「1万人あたり検査人数」でみれば、主要国と比べ、日本は明らかに少ない。
ただ、感染拡大により検査すべき対象数は増えるはずだから、これだけで「日本が十分な検査を行っていない」とはいえない。
2. そこで、「感染者数/検査人数」、「死亡者/感染者数」も比較してみる。
前者は、感染拡大している状況では当然高くなるが、仮に感染状況など他の条件が同等とすれば、数値が高い場合は「検査を絞っている」ことを示す可能性がある。(他の条件は種々考えられる。例えば、「日本ではCT検査体制が充実しているので、PCR検査に依存する度合いが低い」との指摘もある。)
後者は、医療体制や感染の広がった年齢層などにもより変動するが、仮に同じ条件とすれば、数値が高い場合は「検査を十分行っておらず、隠れた感染者が多く存在する」ことを示す可能性がある。
データからみる限り、
・米国や英国などと比べると、日本が特に「検査を絞っている」とは考えられない。
・他方、韓国や台湾と比べると、日本は「検査を絞っている」「隠れた感染者が多く存在する」可能性が考えられる。また、公式データで確認できていないが、オーストラリアやドイツも、韓国や台湾に近い水準(感染者数に比して)で検査を行っていると考えられる。
3. 日本よりも広く検査を行っている国は、必ずしも「医療崩壊」していない。
・「1万人あたり感染者数」「1万人あたり死亡者数」からみて、日本と少なくとも同程度に感染を抑え込んでいると考えられる台湾はもちろん、
・韓国、オーストラリア、ドイツも、「一万人あたり死亡者数」などからみて、「医療崩壊」状態とは考えられない。(韓国に関しては、一時的に急拡大したものの、その後、抑制に成功していると考えられる。)
4. PCR検査の精度の観点から、「“検査を増やせ”は間違い」との指摘もある。この点は、検査の感度、特異度について十分な情報が得られないため、ここでは踏み込まない。例えば、以下記事で記載されるように「特異度は極めて高くて99%」とすれば、台湾でどう問題を克服しているのかは興味深い。専門家による解説を期待したい。
なぜワイドショーは解説しないのか? 「PCR検査をどんどん増やせ」という主張が軽率すぎる理由(文春オンライン)
5. 以上から結論として、
1)日本が特に「PCR検査が(感染状況に比して)少ない」とはいえない。
(念のためながら、「だから問題ない」といっているわけではない。従来、日本と同程度の水準の検査を行ってきた英国は、この一週間で急速に感染拡大している。数値だけみれば気持ち悪い。)
2)「PCR検査をたくさん行えば医療崩壊する」とも考えられない。
おそらく明らかなことは、村中璃子氏が指摘するように、体制を十分整えないまま無闇に検査数を増やせば「医療崩壊」がもたらされることに尽きるだろう。
韓国・イタリアで医療“崩壊”地獄 無防備なPCR検査で医療従事者の感染招く(ZAKZAK:夕刊フジ)
現時点では、PCR検査に関して、国によって異なる方針がとられていると考えられる。検査数のみをもって対応の優劣を論ずべきではない。
高山義浩氏は、韓国は「ローラー作戦」、日本は「クラスター対策」と、異なる戦略をとっており、それぞれ現時点では一定の制御ができていると分析する(参照:高山氏Facebook)。
これはおそらく国内でも同様で、地域や状況に応じ、異なる戦略がありうる。和歌山県は、国内では稀有な「検査をたくさんやった」例として国会質疑やワイドショーでも賞賛されているが、同県・仁坂知事は、「褒められてれている当人がいうのも変だが、少し的がはずれているのでないか」、「PCRの検査数を議論してはいけない」と指摘する(参照:仁坂氏公式サイト)。
データの把握・分析はすべての基本である。同時に、データだけに振り回されてもいけない。
(文責:原英史。この記事は、オンラインサロン「情報検証研究所β版」内での意見交換も経て、筆者の責任で公開するものです。)