アルプスの小国オーストリアでも新型コロナ感染が広がり、感染者数は3月31日午前11時(現地時間)、9825人で、1万人を突破するのは時間の問題となった。クルツ政府は30日、記者会見を開き、過去2週間の新型肺炎対策の結果を踏まえ、第2弾の対策を明らかにした。
第1弾では、外出禁止、学校の閉鎖、人が多く集まるイベント開催を中止する一方、スーパー、薬局など生活必需品を扱う店舗以外は営業停止するなどを実施してきたが、クルツ首相は、「感染者数、死者数は依然増えてきている。事態は制限を緩和できる状況ではなく、一層、強化せざるを得ない」と指摘、4月12日の復活祭後、制限を徐々に緩和する、といった希望的観測を否定し、第2弾としてスーパーでの買い物の際、マスク着用を1日から義務付けると発表した。
クルツ首相は、「マスクの着用が欧州の文化ではないことはよく知っている。私もマスクをつけて歩くアジア人観光客の姿を見て、正直言って違和感を覚えた一人だ。マスクの着用に抵抗を感じる国民もいるだろうが、新型コロナ感染を防止するためにやむを得ない」と述べ、「アジア人がマスクを着用し、新型コロナ感染の拡大に一定の成果を挙げている。われわれもアジア人から学ばなければならない」と説明し、国民に理解を求めた。
具体的には、スーパーの入り口で店員が客にマスク1枚を無料で渡し、客はスーパーの中ではそのマスクを着用して買い物することを義務付けるという。大手のスーパー関係者と政府が合意済みという。
クルツ首相は、「マスクを含む新型コロナ対策用の医療品を世界の市場で購入することは非常に難しくなってきたが、今回、マスクや防御服の購入に成功した」と述べ、「アジアの国から」とだけ述べた。
クルツ首相がどのアジアの国かを明らかにしなかったのはそれなりの理由があるだろう。同首相は記者会見で、「駐オーストリア中国大使から2万枚のマスクを送られた」と述べている。多分、中国から大量の医療品を輸入したのだろう。オーストリア航空が先日、政府の要請を受け北京に飛び、大量の医療品をウィーンに運んできたばかりだ。国民のマスク着用義務化への準備は久しく舞台裏で進行していたわけだ。
ところで、欧州では新型コロナの発生国・中国の「マスク外交」が静かに、着実に展開されてきた。マスク、防御服、人工呼吸器など新型コロナ対策では必要な医療品を国内生産する国は少なく、多くは労賃の安い中国で製造されたものを輸入してきた。例えば、世界の50%のマスクは中国で製造されてきたという。
欧州で新型コロナが急速に拡大し、マスク、防御服の不足が叫び出されてきた。国民が使用できるマスクは既に市場から姿を消す一方、病院で新型コロナ感染者を治療している医師たちも防御服不足、人工呼吸器の不足を訴えている。実際、防御服不足で患者から感染を受けて亡くなる現場の医師が多く出てきている。
世界で最も多くの犠牲者が出ているイタリア北部ロンバルディア州の病院の医師がSNSで防御服などの支援を緊急アピールしたばかりだが、欧州全土に感染が広がった今日、マスク、防御服の不足はイタリアだけではなく、スぺイン、フランスなど全土に広がってきている。YouTubeでは自家製マスクの作り方が載っているが、医療者用の防御マスクは購入する以外にない。
中国は武漢市で発生した新型コロナの感染防止のために同市を封鎖してきた。感染者が減少してきたことを受け、中国は先日、武漢市の封鎖解除を実施したと発表。同時に、新型コロナが広がる欧州諸国の支援外交を強めてきた。具体的には、欧州諸国が求めるマスク、防御服、検査キットなどを支援、輸出してきたわけだ。
もちろん、新型コロナを拡大させた張本人の中国から医療品の支援や輸入は欧州諸国でも依然、抵抗がある。しかし、背に腹はかえられない。事態は緊急だ。そこで多くの国はやむを得ず中国から輸入してきた。中国外務省や国営新華社通信は3月20日、82カ国と世界保健機関(WHO)に医療物資を寄付したと発表し、中国の「マスク外交」の成果を誇示している。
しかし、問題はある。スぺインは新型コロナ検査キットを中国のメーカーから大量購入したが、スぺイン代表紙エル・パイス(El Pais)が3月26日に報じたところによると、検査キットの感度が30%しかなく、使用できない状態のため、不良品の検査キットを中国の製造会社に返品するという。ちなみに、スペイン保健省は中国から「マスク5億枚、検査キット550万個、呼吸器950台」を中国企業から輸入したばかりだ。
チェコでも中国製検査キットの不良品を買わされている。チェコのメディア報道によると、同国は検査キットを15万セット中国から輸入したが、この検査キットをオストラバ大学病院で使用した結果、エラー率が8割と高く、陽性反応が一つも出なかったという。
欧州で今年に入り、マスクが薬局から姿を消した。海外中国メディア「大紀元」によると、武漢市で新型コロナが大感染した直後、中国側はマスクの輸出をストップさせる一方、欧州各国からマスクを大量に購入していたという。世界の市場からマスクが消えた最大の理由は中国のマスク大量買いがあったというわけだ。米紙ニューヨークタイムズによると「過去2カ月の間、欧米各国と新興諸国の薬局にあったマスクの大半は中国に送られた」というのだ。
中国共産党政権は過去、自国の政治・外交的影響を拡大するために「ピンポン外交」、「パンダ外交」と呼ばれる外交を展開し、勢力圏を広げてきた。そして新型肺炎では「マスク外交」を展開しているわけだ。
武漢市用に世界からマスクを秘かに買い占め、新型コロナ対策で成果が出てくると、今度は中国製のマスクを大量に欧米諸国に、一部は贈呈、大部分を輸出しているわけだ。これが中国共産党政権が秘かに進めている「マスク外交」の実態だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。